「テイスト・オブ・ジャズ」は、毎週日曜19:00~19:30で放送中(再放送は毎週金曜日 18:30~19:00 ※特別番組放送により休止の場合あり)。番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。
【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.689~三森編集長、亡くなる】
ぼくも創刊号から関わらせてもらっているジャズ専門誌「ジャズ・ジャパン」。その社長兼編集長の三森隆文氏が7月初めに惜しくも亡くなってしまった。都心から離れた入間市に住んでいた彼は独身、両親も今は亡く天涯孤独の身だったので、発見が遅れどうやら死後数日たって見つかったらしく、孤独死と言うことになる。社長にして編集長、一人二役の重責でジャズジャーナリズムの一翼を担い、かなりな激務(?)の果てに淋しく逝ってしまった。未だ60才を少し超えたばかりでの早い逝去、残念なこと極まりない。
彼はこの4月初めの「テイスト・オブ・ジャズ」にもゲストとして登場、新社会人&新入生など、ジャズの新入門者に向けてのジャズ談義をお願いしたが、その内容も彼らしいユニークなもので、「小西さん新人向けと言っても、所謂ジャズ名盤は一切紹介しませんが、それでもいいですか...」と連絡してきた。こちらもそれは望むところで、内容一切を彼に任せることにした。収録後久しぶりに色々と個人的な話を交わしたが、やはりジャズ雑誌維持のための苦労が最も大変とも語り、それなりに疲れている感もあったので、励ましの言葉を掛けておいた。
以降数カ月は彼との連絡は無かったが、ある晩数名のジャズ関係者からTELあり。どうやら三森氏が突然に亡くなったらしい...と言う...。正式には雑誌社からも連絡なしでそうしたニュースも出ていない。関係者が言うには孤独死で見つかったために色々な事情も山積し、編集部も混乱しているのだとのこと。数日はそのまま様子見だったがいささか心配になり、彼と一緒に編集を担当しているS君へそれとなく励ましのメールを送ると、詳しい返事があり事情はほぼ判明。色々と大変だが雑誌が続くように頑張っていると言う。それから何日かして正式な死亡発表の報も出て今このコラムを書いている次第。
第2次大戦以降すぐに創刊され、長い歴史を誇ってきた世界でも屈指のジャズ誌として知られた「スイング・ジャーナル」誌。同誌が10数年前に突如廃刊してしまい、その最後の編集長を務めていた三森氏が、私財を投げ打ち独自で立ち上げた後継誌とも言える「ジャズ・ジャパン」誌は、三森と言う漢のジャズへの考えや趣向が良く出た雑誌であった。腰が低く愛想の良い人物だったが、底に流れるジャズへの愛情は厳しくも優しいものがあり、小柄だがことジャズに関しては硬骨漢と言った趣きで、やはり惜しい男を無くした感は強い。今売り出し中のジャズライターのN君は、フェースブックで彼の死について触れ、「あるレコ-ド店の店員だったぼくが、折に触れ書きためていたジャズ関連の原稿に目を止めた三森氏は、ぼくに連絡してきて君の書く原稿は中々にユニークで興味深いから、ぜひ雑誌でも書いてみたら...と勧めてくれ、それがジャズライターとしてのスタートになった。それからも励まし続けてくれ、それにより自信もついた感もある...」と感謝の念を記していたが、ミュージシャンやライターなど新たな資質の発掘にも熱心だった彼は、既存のジャズに留まらず大きな目でジャズ、そしてジャズのこれからを捉えていた感も強い。その彼も今はいない。
日本のジャズジャーナリズムがこれからどうなって行くのか...。あるジャズ関連シンポジウム終了後の飲み会で、数人のライターや関係者などと議論になったが、CD販売もそして紙媒体も沈み込んでしまっている今日、三森隆文と言うジャズ漢を失ったことは、大いなる損失だし大変に残念なこと。彼が燃やし続けたジャズの灯を絶やすことなく、燃え続けさせねば...と言うのが、その場にいた全員の共通の認識だった。三森隆文氏、安らかに眠れ!
【今週の番組ゲスト:ジャズピアニストの高木里代子さん】
3rdアルバム『The PIano Story』から
M1「SCHERZO NO.1 OP.20」
M2「BUBBLE BATH STORY」
M3「FREEDOM JAZZ DANCE」
M4「RAINBOW VOYAGE」