「テイスト・オブ・ジャズ」は、毎週日曜19:00~19:30で放送中(再放送は毎週金曜日 18:30~19:00 ※特別番組放送により休止の場合あり)。番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。
【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.681~ハードボイルド作家、原尞死す】
この所私立探偵が活躍するハードボイルド小説、この分野の小説を内外共に殆ど見かけることが無くなってしまった。全く残念なことだし、読書の主要な部分をこの手の探偵小説の享受に費やしてきたこのぼくにとって、本を読む...という老後の楽しみを極端に狭める結果にもなってしまっている。その上こうしたハードボイルド小説の衰退は、ある意味そのままジャズの衰退にも通じている所もあるだけに、残念さはいよいよ増すばかり...。スペンサー、酔いどれ探偵ミロ等々、アメリカを代表する探偵小説の主人公でもあるディック=私立探偵は、ほとんどがジャズ好きで彼等が自身の居間で寛ぐ時の音楽、バーボンを愉しみながら聴く音楽はジャズ...と相場が決まっており、どんなジャズがその場で聴かれるのか...、どんなプレーヤーやシンガーがその場に登場するのか...、それもハードボイルド小説を読むときの大いなる愉しみの一つでもあったのだ。しかし今はもうそんな機会もほとんど無くなってしまった。
そんな折かつて日本のハードボイルド小説作家の代表格の一人で、私立探偵もの(私が殺した少女)で直木賞を受賞したある作家が、GW直後に秘かに死んでいたというニュースを新聞で目にした。その作家の名前は原尞。沢崎と言う渋い中年探偵を主役にしたシリーズは、5作ほど早川書房から出され人気となり、数年前には10数年振りにその探偵を再び主役にした復帰作品が、一部で評判になったりもした、地味ながらも素晴らしい作家、一時作品が出なくて伝説の作家と言った呼び名もあった。
その原氏が他のハードボイルド作家と違っている点は、作品の主役の探偵~沢崎がジャズ好き...という設定だけでなく、原氏自身がジャズピアニストでもあったという経歴の持ち主ということ。九州人(佐賀出身)の彼は九大の文学部時代からジャズピアニストでもあり、それも先鋭的なフリージャズピアニストとして活躍、上京してからは「ニュージャズ・シンジゲート」と言う先鋭的なユニットを結成、一部のファンからは高い評価を受けていた。ぼくも一度新宿で彼らの演奏を聞いた覚えがあるが、それほど感じいる所は無かったと記憶している。それからわずかしてその名前は消えてしまったが、10数年後、早川書店の広告に大型新人登場とその名前を見つけ出し、懐かしく思ったものだった。そのデビュー作「そして夜は甦る」は探偵沢崎の登場作なのだが、ハードボイルド小説の第一人者~チャンドラー張りの実に緊張感あふれた素晴らしい作品で、沢崎のキャラクターも際立っていた。そしてその第2作が直木賞を受賞、彼は一躍時の人になったが、この種のハードボイルド小説が直木賞の対象になることは少なく、その点でも話題を呼んだものだった。
直木賞受賞後の忙しい折、彼を我がジャズ番組「テイスト・オブ・ジャズ」のゲストに呼んだ。確か新宿「ピット・イン」の知り合いから話を通したはずだが、喜んで...ということでスタジオに来てくれた。実にシャイな人で余り口数も多く無かったが、自身のアルバムや確かモンクの曲なども掛けたはず...。一番記憶に残っているのは、ジャズピアニストとして一番気にしていた存在は、同じ九州人で同じ九州大卒業の辛島文雄で、彼を超えたい一心でジャズをやっていたのだ...という話。しかしそれが叶わずジャズピアニストの道を諦め、田舎でハードボイルド小説を読み漁り、自身も書き始めた...のだと...ぼそぼそと語ってくれた。実に好感の持てる人だった。
5作迄沢崎シリーズは続いたがその後は書けなくなってしまったのか消息無く、10数年振りに新作が出た時は、大変に嬉しかったが、実に内省感の強い哲学的なハードボイルド小説でいささか戸惑った感もあった。ぼくよりも一つ年下の筈だが、佐賀の田舎で独身生活を送り、同じ佐賀県栖市でジャズ喫茶を営んでいる兄を相手に暮らしていたらしく、時々店に来てはピアノに向かってJAZZを弾き、それが最高の愉しみの様だった...という話...、如何にも彼らしいと思ったもの。伝説の作家 原尞!好漢の死に献杯!
【今週の番組ゲスト:平田王子(きみこ)さん パブリシストの関口滋子さん】
Luz do Sol(ルース・ド・ソル)新譜『雨あがり』から
M1「ボレロ・カンサォン」
M2「サビア」
M3「ロージーのララバイ」
M4「雨あがり」