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藤島大の楕円球にみる夢

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勝たせるセブンズコーチ、独特の世界。
ラジオ「藤島大の楕円球にみる夢」は11月3日(月・祝)放送

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 「年に1、回しかこんな格好はしません」と福田恒輝さん(左)。(撮影/松本かおり)

 

  2025年は2つのビッグタイトルを手にした。

 國學院栃木高校を全国高校セブンズ(7月)で頂点に導き、10月に滋賀で開催された国民スポーツ大会(旧国体)では秋田の優勝を支えた。 

 スポーツライターの藤島大さんがパーソナリティを務めるラグビー情報番組「藤島大の楕円球にみる夢」は、113日(月・祝)、夜6時からラジオNIKKEI1で放送。

 今回のゲストはセブンズ(7人制ラグビー)指導のスペシャリスト、福田恒輝(こうき)さん。独自のコーチング哲学と生き方を濃密に語る時間となった。 

 福田さんは1976715日、東京生まれ。49歳になったいま、福島の二本松に暮らす。

 普段は郡山のゴールドジムで働きながら秋田に通い、秋田セブンズチームのヘッドコーチを務め、国体チームの強化にも力を注いだ。毎週末決して近くない距離を通うのは(新幹線で片道4時間弱)、秋田セブンズチームのチームディレクター兼選手として活動する丸尾崇真との縁、熱意にほだされたからだ。 

 ふたりの関係の始まりは、現在26歳の丸尾が早稲田実業高校に学んでいた頃にさかのぼる。

 毎年一度だけ、同校へセブンズ指導に訪れている福田さん。丸尾が1年生だった時、練習中にみんなの前でお手本を示した際、歩いて引き上げるシーンがあった。 

「その時、僕がその姿勢に対してガッと詰めたんです。(練習の)外に出ろ、と」

 向かってくる気持ちを引き出すため福田さんは、よくそんなことをする。

 しかし「多くの1年生はそこで一度はションボリするんですけど、丸尾は違った。絶対に外に出ませんでした。そして練習後、頭を下げに来た」 

 そんな出会いだったから関係はその後も長く続き、丸尾が秋田に居を移して新しいセブンズの活動を始めた際、オファーを出してくれたとなれば当然引き受けた。

 先の国スポ優勝のストーリーが、何年も前に、東京で始まっていたことが興味深い。 

 今回のトークの内容も、敷かれたレールから脱線してばかりの人生を語っているから熱く、時間があっという間に過ぎる。

 プレーヤーとして所属してきたチームは、当時のトップチームから浮上していく過程にある集団、クラブと、多岐に渡る。落ち着かないように見えても、それは共感や納得をそこにいる理由としているから。実は芯はぶれていない。 

 小1でラグビーを始め、早稲田ラグビーに憧れた福田さんは、願い通りに早大学院、早大でSOとして活躍し、大学では5年生時までプレーを続けた。

 当時、ラグビー専門誌のインタビューを受け、「自分こそが誰よりも早稲田に入りたい人間、早稲田が強くなるために必要な人間と言い聞かせていたら、いつの間にか本当にそうなれるような気になっていた」と答えている。 

 大学最後の試合で完敗した後は、「試合の前に、ありとあらゆる状況を想定し、こういう時はこう、この時はこうと、もっと準備しておけば自分たちのカタチを出せたはず。それを徹底できなかったのはSOとしての僕の責任。試合の局面を変えられる力がなかった」と話している。

 それらの経験は、現在のコーチングにすべて生かされている。 

「失敗や、できなかったところから始めないと身につかない」との考え方は、大事にしている指導の柱のひとつ。だから練習から選手たちに圧をかける。

 身体的な才能はセブンズにおいて勝負を決める重要な要素ではあるが、その瞬間瞬間に、反射的に判断することと深く考えることを両立させることが鍵。そして、「セブンズでいちばん大事なのは根性です」と言い切る。

  この競技との出会い、熱中するきっかけとなった大学時代のエピソードも愉快。この番組は、変人の登場回こそ盛り上がる。

「ただ勝ちたいだけのチームは怖くない。仲間のために勝ちたい人の集まりは強い」と言い切る。東日本大震災後は土地の除染のために駆け回った。そんな話から、この人の優しさも伝わる。

  (文・田村一博 「Just RUGBY」編集長)

▽ラジオ番組について

 ラジオNIKKEI第1で11月3日夜6時から全国へ放送。radiko(ラジコ)のサービスを利用して、PCやスマートフォンなどで全国無料にて放送を聴ける。音楽が聴けるのは、オンエアのみの企画。

 放送後も、ラジコのタイムフリー機能やポッドキャストで番組が聴取できる。U-NEXTでも配信予定。11月10日の同時刻に再放送する。