2025年7月21日にラジオNIKKEI第1で放送した「テイスト・オブ・ジャズ」60周年記念特番~ラジオが伝えるJAZZ 内コーナー 映画『宝島』の時代背景と音楽 で、大友啓史監督が映画『宝島』の魅力を約13分語りました。現在radikoタイムフリー30による音声配信は終了しておりますが、放送ではカットされた部分も含むインタビューのノーカット版を特別にweb公開いたします(9月18日)。●山本郁アナウンサー)
今回、9月19日に封切りとなる今年の邦画最大の話題作の一つ『宝島』の大友啓史監督をゲストにお招きし、かなり苦労の連続だったという映画制作エピソードや、劇中音楽についてお話をうかがいます。大友監督、どうぞよろしくお願いいたします。
まず本題に入る前に、大友監督のプロフィールをご紹介したいと思います。
1966年岩手県盛岡市生まれ。1990年NHKに入局、秋田放送局を経て、97年から2年間米国ロサンゼルスに留学、ハリウッドで脚本や映像演出を学ばれました。帰国後、連続テレビ小説「ちゅらさん」シリーズなどの演出、大河ドラマ「龍馬伝」、映画『ハゲタカ』で監督を務めるなどキャリアを積まれ、 2011年4月NHKを退局、株式会社大友啓史事務所を設立。 同年ワーナー・ブラザースと日本人初の複数本監督契約を締結され、『るろうに剣心』シリーズを筆頭に話題作を次々と手がけられました。そして今年9月19日公開の映画『宝島』の監督を務められた、ということで、この話題の最新作について今日はお話を伺いたいと思います。私は先月、試写会で『宝島』を鑑賞させていただきました。すごいスケールの映画で本当にあの壮大さ、そして熱量に圧倒されまして、もう帰り道はぼーっとしたまま帰路につきました。
それではまず大友監督、なぜ今この戦後の米国統治下の沖縄という重厚なテーマを映画化しようと思われたのでしょうか?
■大友啓史監督)
僕はNHK時代に「ちゅらさん」という朝の連続テレビ小説を演出していました。沖縄が舞台のドラマだったんですけど、沖縄が米国統治下から日本に復帰した以降の、いわゆる「復帰っ子」と呼ばれる1972年生まれの女の子・えりいちゃんを主人公にした物語だったんですね。あのドラマはどちらかというと、僕らが沖縄に対して抱く楽園幻想~沖縄ってやっぱ青い空、青い海で、爽やかな風が吹いていて、古き良き家族の絆があって~といういわば幻想、パラダイスとしての沖縄を描いたドラマだったんです。朝ドラだし朝から深刻な話をするのも違うかなと。それで僕はこの「ちゅらさん」シリーズをパート3まで撮ったんですけど、撮りながらずっと、本土復帰前の沖縄っていうのをちゃんと取り上げないと、何か沖縄の表面的なところだけを切り取ったような気がしていて。そういう気持ちをずっと抱えていたんですよ。沖縄の人たちはとてつもなく優しいので、この方々の優しさってどこから来るのかな?と思ったときに、やっぱり何か歴史が影響してるような気がして。
1945年の敗戦。沖縄県民の4人に1人が亡くなったと言われるあの太平洋戦争敗戦から、我々日本は日本国憲法が制定され、自由とか民主主義とか個人の尊厳という言葉である種守られて、戦後の復興を謳歌していた時代に、沖縄の人たちは相変わらず米国統治下で、絶対的な勝者であり権力者である大国アメリカと、小さな琉球政府が向き合って生きていたんです。そこでいろいろ知っていくと、とんでもないことがたくさんあったわけですよ。人間ってやっぱりそういう辛いことを経験すると、人に優しくなります。だからやっぱり沖縄の方々のこの優しさは、米国統治下でのいろいろな辛い苦しい体験っていうのが、きっと影響しているんだろうと思いましてね。「ちゅらさん」シリーズを撮り終えた後も、『るろうに剣心』など他の作品を手がけながらも、本土復帰前の沖縄を描きたいという思いを20年近く抱き続けてきました。いつか必ず描こう、と心に決めていたのです。
そして2019年に、プロデューサーに一冊の本を手渡され、今回の『宝島』の原作小説に出会ったわけです。読んでみたらまさに自分が求めていたテーマが全て詰まっていると感じました。これは絶対に何があっても僕が映画化するんだ――そう確信し、すぐに著者の真藤順丈さんに許諾をお願いしに行ったのです。作品には、米国統治下の沖縄で実際に起きた出来事が丹念に描かれていました。戦後復興で活気づく日本本土の裏側で、沖縄ではいかに苛酷な現実が存在したのか。それが歴史的事実としてだけでなく、一人ひとりの感情を伴って鮮やかに綴られていたのです。僕自身、「戦果アギヤー」という言葉を初めて知りました。最初は何のことか分からず、英語か何かと思って読み進めるうちに、ようやく理解しました。アメリカ軍の基地に忍び込み、戦果を上げるかのように物資を盗み出し、それを人々に分け与える――そんな持続的な行為を担った若者たちを指す言葉だったのです。まるで鼠小僧のような存在ですよね。私はその行為自体を知りませんでしたし、強い衝撃を受けました。映画は、彼ら「戦果アギヤー」たちが嘉手納基地に忍び込む場面から始まります。彼らが背中を追い続けていたのが、"オンちゃん"と呼ばれる英雄的存在でした。しかしそのオンちゃんが、ある日突然姿を消してしまう。なぜ彼は消えたのか。どうして行方不明になったのか。残された仲間たちは、答えを探しながら沖縄で起こる様々な出来事を体験し、苦難に負けることなく逞しく生き抜いていきます。そして最後に、オンちゃんが大切にしようとしていたものの意味に辿り着くのです。このストーリーは、戦後80年という節目を迎えた今という時代に、極めて大きなメッセージを放っていると感じました。オンちゃんが追いかけ、守ろうとしたもの。それを原作を読んだ段階で強く意識し、「もう一度立ち止まって、大切なものを見つめ直さなければならない」と思わされました。
同時に、原作は凄まじい熱量に満ちた小説でした。この熱量をどう映画として観客に伝えられるか。知られていない沖縄の物語を、自分自身が初めて知ったように、他の人々にもきちんと伝えること。それが自分の使命だと痛感しました。
確かに沖縄戦や本土復帰後の出来事は、これまでにも映像で取り上げられることが多かった。しかしこの『宝島』が描く復帰前の時代は、ほとんど触れられてきませんでした。私も原作を読むまで知識が乏しかったのです。しかし「知らないことを知る」というのは、それ自体が大きなエンターテインメントになると思います。人間は本来、学びたい、知らないことを知りたい生き物ですから。心が痛む出来事にも直面しますが、それをエンターテインメントを入り口に受け止めることで、沖縄の人々の気持ちを本土の人間も共有できるのではないか――そう考えました。
●山本アナ)
映画製作における苦労話は尽きないと思いますが、いくつか教えていただけますか?
■大友監督)
小さな琉球政府が、憲法もなく国家としての後ろ盾もないまま、世界最強のアメリカと向き合わざるを得なかった時代。とんでもないことが数多く起きたのも当然だったと思います。制作にあたっては数え切れないほどの困難がありました。まず、分厚い原作を、結果として3時間になってしまいましたが、とにかく一本の映画尺に収める作業。そして米国統治下の沖縄という、前例のない世界観を一から構築する作業です。
たとえば当時の米国製自動車、いわゆるアメ車。現存する車両はヴィンテージとして愛好家が所有しており、多くは右ハンドルに改造されています。劇中に登場させるためには、海外から探し出して日本に持ち込み、さらに壊したり燃やしたりしなければならない。軍用車両も例外ではなく、莫大な労力とコストがかかりました。
また、米兵向けの特殊飲食街などは現存していないため、当時の建物の躯体だけを利用し、丹念に装飾を施して再現しました。本土出身者として沖縄を描く以上、歴史に対して絶対に嘘をつかない、いい加減に済ませないという覚悟が必要でした。台詞の一言一言、ト書きの一行一行が、当時を生きた人々の感情に寄り添えているか――常に自問しながら撮影に臨んでいました。撮影現場は、普段の映画づくりのようなお祭り的高揚感ではなく、僕の心根としてはむしろ御嶽(ウタキ)に祈るような緊張感に満ちていました。それほどまでに、沖縄という土地と人々に対して誠実でありたいと強く思ったのです。
●山本アナ)
監督ご自身が特に印象に残ってるシーンを挙げていただけますか?
■大友監督)
これは本当に選ぶのが難しいな。うーん、、、演出家として、あの現場で撮っていた感覚で言うと、やっぱり広瀬すずさん演じる"ヤマコ"と窪田正孝さん演じる"レイ"のぶつかり合いの芝居のシーンが一つですね。それと後半基地の中に入った後の"レイ"と妻夫木聡さん演じる"グスク"の2人が久しぶりに会い、真っ向から向き合って自分の考えをぶつけ合うシーンですね。このシーンを現場で演出していた時、俳優たちの芝居の凄まじさに心が震わされました。本当に心震えながら撮影しました。それからやっぱりラストのコザ暴動シーン。壮大な群衆シーンを含め、日本映画では滅多に見られないかなり迫力を持った場面に仕上がりました。あれだけのモブシーンはなかなか見られないと思います。
●山本アナ)
ところで『宝島』では大友監督がかなり劇中音楽にこだわったとうかがいました。大友監督はかなり音楽に造詣が深いそうで、10代、20代またそれ以降でどんな音楽を好きになり、影響を受けましたか?
■大友監督)
僕の十代後半から二十代半ばくらいまではちょうどバブルの時代で、東京に世界中の文化が集まっていました。ブライアン・フェリーやトーキング・ヘッズ、ワールドミュージックやアシッドジャズなど、多様なジャンルを雑食的に聴き込んでいました。一方でNHKで最初に赴任したのが秋田局だったのですが当時、先輩に連れられて行ったJAZZ バー「ファイブスポット」でスタンダードを聴くこともありました。独りで飲むときはジャズが心地よかった。仕事では「NHKのど自慢」を担当していたので演歌も日常的に耳にしていましたよ。本当に幅広く音楽に親しんできたと思います。
1966年生まれの僕は、ビートルズ来日の年に生まれた世代。リアルタイムでは少し遅れてロックやポップスを体験しました。だからこそローリング・ストーンズやビートルズを遡って聴き比べ、「やっぱりストーンズだよね」と生意気を言ったり(笑)、いろんな音楽を聴いて過ごしました。あと週1回東京に行く際は六本木にあったCDショップ「WAVE」に一日中居て、自分の限られた給料の中からジャケットのデザインだけ見て当てずっぽうに"ジャケ買い"を楽しんでいました。その中から結構面白い曲とかすごく変わった音楽とか見つけては1人で喜んでいた、そんな時代でした。
音楽って振り返ってみると、その時代その時代に自分が聴いた音楽が確実にあって、その時代ごとの特徴がありますよね。今回の『宝島』で1950年代60年代70年代を描いたわけですが、この時代って後から振り返ると、本当に音楽的に最盛期というか、いろんな音楽がどんどん生まれた面白い時期だなと思います。その楽曲が聞こえた瞬間に「あぁ、あの時代の音だな」と思い出せるような曲を流したいなと考えました。その際若い頃の雑食性が生きましたね。それこそ民謡だ、ジャズだ、ロックだ、と。
僕らの時代ってやっぱりアメリカから流れてくる文化が最先端みたいな考えがありましたね。僕は岩手育ちなんですけど、三沢基地から発信される米軍向けラジオ放送FENが聴こえてくるんですよ。FENで知らない洋楽をたくさん聴けた時代だったんですね。それが格好良くてね。沖縄の皆さんに昔の話聞くと、やっぱりFENを聴いて育った方が多くて、ラジオから聴こえてくる音楽というのは日常とシンクロしますよね。例えば1950年代を描いたシーンでは軽妙なジャズから始まって、明るく踊りたくなるようなジャズのスタンダードナンバーがあり、一方でベトナム戦争が泥沼化していく1970年代に近づくと、映画の中の音楽も違ってきて、怒りの感情をストレートに込めてくるハードロックと。音楽だけであの時代の沖縄の歴史の変遷も描けるんですよ。
それからちょっとしんどいシーンでも、BGMが米国のカラっとした音楽だと全然変わってくる。でも、一方でそういう環境にだったんだ、と思うわけですよ。そういう時代、環境にあったんだなと思います。編集しながら、編集部の早野君が色々提案してくれて。編集室の中で色々な曲を映像に当てこみながら、選曲していきましたね。それで冒頭で「マック・ザ・ナイフ」を流していますよね。この曲はすごく軽妙なんだけど、歌詞は血なまぐさい冷酷な犯罪者の恐怖を描いています。それを軽妙な音楽で、時代によってスタンダードから始まって、そのあと何人ものミュージシャンが歌い繋いできてる曲なんだけど、その中でそれこそボビー・ダーリンのこの曲がシーンにスポっとハマるな、と思っての曲を採用したんです。
この曲を映画冒頭のシーン、米軍が少年たちを追いかける、まるでアフリカの砂漠で動物たちを追いかけるハンターのように、ラジオを鳴らしながら鉄砲を構えて追っかける、そんなシーンにこういう音楽を流すと、さて映画としてどういう効果があるのかな?みたいな狙いもありました。
米軍基地の中に忍び込むっていうのは、今の時代で考えたら当然警戒もすごく強くて、なかなか難しいことなんだけど、あの時代はもう少しおおらかさがあったんです。沖縄の米軍も、沖縄の人たちが飢えているってわかっていたから少し大目に見ていたんですね。基地の中に忍び込んで、そういう少しおおらかさと野蛮さという二面性がある時代のシーンに、この「マック・ザ・ナイフ」という軽妙なメロディと凶悪犯の恐怖を描く歌詞を持つ二面性のある楽曲が滅茶苦茶ハマる、そういうことを考えながら選曲しました。●山本アナ)
「マック・ザ・ナイフ」1曲でもこんなに色々な考察と思いが込められていることに驚くと同時に、今のお話には本当に合点がいきました。リスナーの皆さんも是非、映画音楽にもそんな楽しみを見出しながら『宝島』を観ていただきたいと思います。
それでは最後に改めてこの映画を通して観客に特に伝えたいことをお聞かせください。
■大友監督)
やっぱり僕は、我々が知らなかった米国統治下の沖縄で何があったか?を大スクリーンと大迫力の音響の中で体感して欲しいんですよね。まるで自分が"オン"や"グスク"や"ヤマコ"らと同じように、あの時代に生きていたかのように、何か追体験してもらえればと思います。僕の方からこういうテーマを感じて欲しいというよりも、みなさんに彼らと同じ体験をして、タイトルの『宝島』が示す通り、今の時代自分たちにとっての"宝"とは何なのか?ということを、登場人物たちと一緒に何かを感じ取っていただき、それをそれぞれのお客さんが持ち帰って欲しいです。僕が押しつけがましくこの映画のテーマをいうよりも(笑)、映画を観た皆さんに、自分の言葉で自分なりの宝って何だろうってことを発見してもらいたいなと思います。
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『宝島』
9月19日(金)より全国公開
配給: 東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会
出演:妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太
監督:大友啓史
原作:真藤順丈『宝島』(講談社文庫)
オフィシャルサイト:https://www.takarajima-movie.jp


