【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.800~穐吉敏子~】
築地にある第一生命ホール。かなり大ぶりのこのホールの開演ブザーが鳴ると、小柄な年配女性が袖からちょこちょこと表れた。少し恥ずかしげにピアノの席に着くと同時に、サックスなど他のメンバーもそれぞれの位置に...。そして始まったのがあの「カラスなぜ鳴くの...」の歌詞で知られる、童謡「七つの子」をモチーフにした名作「ロング・イエロー・ロード~長い黄色の道」。このステージの主役は、この曲を書いたレジェンド・ピアニストの穐吉敏子さん。彼女の95歳を祝う「メモリアルコンサート」である。サックスとフルートは、長年彼女と連れ添っているルー・タバキンで、リズム隊は日本の中堅の面々。中国東北地区(旧満州)生れの、彼女の戦後の苦難の歩みを象徴するようなこの曲、これまでだとかなり力強くも大胆にピアノを扱う~ピアノと対峙するのだが、何と言っても彼女ももう90代なかば。力強さなどはもう殆ど無く、全盛時を知るものには大分寂しい思いもある。しかしこの日本屈指、と言うよりも彼女が日本モダンジャズ史の最初のページを作り上げた、生粋のジャズレジェンドなのだが、その彼女が懸命にピアノと向き合う、その真摯な姿勢は聴く者をひきつける磁力を秘めていて、ピアノを慈しんで弾いている様子は、実に可愛らしくもあり、ファンの喝采を浴びていた。
この夜彼女は、15分ほどの休憩を挟んで、ソロやトリオ、カルテットなど全10曲を弾く筈だったが、実際はカルテット演奏では、夫君のルーのテナーやフルートをピアノの陰から聞いていることも多く、決して身体もまたピアニストとしても、その調子は良くないことを窺わせた。だがぼくを含めた殆どの聴衆は、それでも彼女が元気で居るだけでなにか満足だった。不思議な感覚である。それに対し彼女より10歳ほど年下の夫君、ルー・タバキンは元気一杯。テナーなども良く音が出て、フレージングも見事。一流プレーヤーだということを、見事に証明してくれるプレー振りだった。またルーの秋吉さんを気遣うステージ上でのジェントルな態度も好感度大だった。
このコンサートを主催したのは、彼女と長い付き合いの井阪絋氏。クラシック畑の長いプロデューサーだが、秋吉さんとも付き合いも古い。その彼がパンフレットに秋吉さんのことを書いているのだが、その中で一つ気になったフレーズがあった。60年代の終わり頃、最初の夫チャーリー・マリアーノ(ぼくの最も好きなアルト奏者の一人)と別れ、一人で娘の満ちるを育てるのに苦労していた頃、「コンピューターのプログラマーにでもなって生計を...」と考えていた...というのである。結果は姉に娘を預けてピアニストの道を進む...ということになるのだが、こんな風に考えていたとは今まで知らなかった。あの秋吉さんが...と、なにか心に残る事実だった。秋吉さんとマリアーノの「ディーフ・リバー」。レコードで聞いて全身が震えるような感動を味わったあの大学生時代の頃、この一文を読んで急に思い出されて来た。もしかしたらもう秋吉さんの演奏を、ぼくが耳にする機会は無いかも知れない。今回は決して満足する演奏では無かったが、その演奏を耳に出来たこと、元気な姿を見れたこと、それだけでまあ幸せではありました。
そう言えば彼女はもうだいぶ前、30年以上前に2度ほど、番組「テイスト・オブ・ジャズ」に遊びに来てくれていた。これも60年の番組史の中で、自慢できることの一つです。なるべく長く演奏をし続けて下さい。 穐吉敏子様 !
【今週の番組ゲスト:ブルーノートジャパン広報 岡田安正さん 音楽評論家 原田和典さん】



