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テイスト・オブ・ジャズ

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「テイスト・オブ・ジャズ」は、毎週木曜22:30~23:00(本放送)と金曜18:30~19:00(再放送)で放送中。番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.640~追分通信22夏 音楽本など~】

 先週のこのコラムで追分の山荘に来てから読んだ本の中で、印象に残った一冊として柳美里の「JR上野駅公園口」を挙げ、それについて少し記したが、今回はやはり山荘で読んだ本の中で音楽関連のものと、CD棚に埋もれていて再発見したアルバムなど、このコラムの本来意図である音楽~ジャズについて少し記してみようと思う。

 まずは小説から...。気鋭の社会学者(「断片的なものの社会学」等)として知られる岸政彦。彼の織田作之助賞受賞の「リリアン」。確か自身でもジャズベースを弾き玄人はだしの腕前...とも言われる彼が書いた、このジャズ小説=都市小説は自身の経験も活かしつつ、余りぱっとしないプロのベーシストの生活やその心根を、かなりリアルに描き出した好中編である。これ迄在りそうで意外に無かったタイプの小説とも言えそうで、なにより関西人の岸(関西の大学で教えている)ならではの、関西弁による会話ももの悲しく絶妙で、関西と言うジャズのいささかローカルな場で活動する(ここもこのジャズ小説の一つの肝)、ジャズマンの心情も巧みに描かれている。愉しみつつも身につまされる様な想いもあり、この侘しさもまた味わい深いもの。久々の日本発ジャズ小説の佳品と言う感じだ。ジャズベーシストが主役なので当然ジャズナンバーやプレーヤーも登場し、例えばソニー・ロリンズの奏する「イズント・シー・ラブリー」(S・ワンダーのヒット曲)を、付き合って間もない年上のスナックで働く女性と2人きり、部屋で聴きながらの会話はこうだ...。
 「これ何?、ソニー・ロリンズ。そうなんや、明るいな。うんロリンズって明るくて、ええな。明るい音楽がええな。音楽ぐらいは、明るくて優しい方がええな...」そしてその会話はこう続く。「ええなあ、ええなあ、何か切ないな、切ないっていうか、懐かしいっていうか、なんか帰ってきたで、って感じ...」。親密にして絶妙、そして何か哀切感漂う会話で、ジャズの本質も浮き出るような軽妙さもある。ジャズ好きにはお勧めの一編と言えそうだ。

 そして2冊目は、「見えないものに。耳を澄ます~音楽と医療の対話」。朝ドラ「あまちゃん」の音楽で一躍人気者になった音楽家(前衛ジャズメン)大友良英と、東大の循環器内科の医師である柳葉敏郎との対談集で、元々はNHKEテレのインタビュー番組の対談を基に作られたものだが、実に示唆に富んだ対談集だと言える。柳葉と言う医師が西洋医学だけでなく東洋医学や民間医療などにも造詣が深い人だけに、話の内容も音楽、医療から宇宙まで範囲も広がっていき興味深い。「音楽と言うのは"和"を作るもので仲良くしていくためのツール...」とか「聞こえる音楽を聴くことと、聞こえない音を聴くことは互いに補完している...」等々。どこかで引用したくなるような、為になるフレーズに満ち溢れた対談集でもある。未だ健康状態が万全でない小生だけに、稲葉氏のような人間をトータルに捉える医学を目指す、医師に診てもらいたい...といった感想も強く持ったものだった。

 そして最後は詩人の長田弘(2015年没)によるエッセイ集「アメリカの心の歌」。この本は最初岩波新書で出されたもの(96年)に、新たな文章を付け加え2012年に再版されたもので、30人程のアメリカの歌い手が散り上げられている。ぼくの大学生時代に「我ら新鮮な旅人」と言う詩集で華々しくデビューを飾り、ぼく等の若き詩人ヒーローでもあった彼は、どうやらカントリーやヒリビリーなどの愛好家でもあるらしく、ウイリー・ネルソンなどのカントリー系シンガーも多出するが、そう言った白人音楽に殆ど関心のないだけにそこら辺はすっ飛ばして読ませてもらったが、ここではなによりもぼくの大好きなシンガーソングライター、生粋のアイリッシュ魂横溢するヴァン・モリソン、彼についての文章が圧巻だった。「歌と言うのはつまり歌い方で、歌い方と言うのはつまり歌うたいの個性だ。個性と言うのはつまりは人生に対する態度だ...」で始まるこの短いモリソン論。「モリソンの歌を聴いて、何時も覚えるのはその歌の新しさだ。新しい歌では無く歌の新しさだ。聴くと歌の息する風景が目の前に開けて来る...。(中略)モリソンの歌は澄んで張りつめていて、実に繊細だ。びっくりするほど雄弁で、びっくりするほど寡黙だ...」と続く。美しい文章でモリソンの魅力を過不足なく伝えてくれる。生粋のアイリッシュ魂のモリソンが、どうしてアメリカの心の歌の一人かと言えば、彼はシンガーデビューの60年代半ばにアメリカに移住、以降は同地で暮らし唄い続けている...という所から、この本に組み入れたものと思われる。長田は惜しくも物故してしまったが、このモリソン讃歌を改めて読み、変わらずぼくら世代の詩的ヒーローであることを確認した。

 以上小説、対談集、エッセイと...、分野の異なる3冊がこの夏の音楽本の読後成果である。そしてそれに呼応する発掘盤だが、現代屈指のドラマー、ジャック・ディジョネットの10数年前に出された『サウンド・トラベル』と、北欧の美形シンガー、サフィア・ピーターソンの『スローダンス』とサラ・イサクソンの『サラ・イサクソン』の2枚。ディジョネットの方はドラマーとしてだけでなく、ピアニストとしての彼の才能も素晴らしく、どうして気が付かなかったのか自身の不明さを嘆いた。これは邦盤も出ているので手に入る可能性ありだが、女性シンガーの方の2枚は、外盤なのでもう入手不可能だと思う。2人とも素晴らしシンガーで改めてその力量に感服した。「歌と言うのはつまりは歌い方だ」と長田は言うが、彼女達の歌い方、歌い口はどれも頗る魅力的だ。

【今週の番組ゲスト:ラテンジャズピアニストのあびる竜太さん】
M1「Casita」
M2「Cabaret Nacional」
M3「Alfie」
M4「Pus Pus」

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