【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.783~マーサ三宅亡くなる~】
日本のジャズボーカルの草分け的存在で、多くのお弟子さんがいるゴッドマザーとも呼べそうな、マーサ三宅(三宅光子)さんが亡くなってしまった。享年92才。合掌
彼女が亡くなった翌日、ジャズ仲間の一人からTELがあり「とうとうマーサさん逝ってしまったようだよ...」。そうか...と一瞬絶句、思い直してすぐにこの追悼文を...と思ったのだが、中々正式な訃報が出ないので待っていたのだが、ようやく1日経って確認、この原稿着手へ...。
マーサさんはこの5年ほど体調を崩し、ほぼ自宅静養中だったと聞くが、最後に会ったのはもう7~8年ほど前。中野の「マーサボーカルハウス」のあるマンション近く(もしかしたらその1階だったかも...)の、お気に入りの喫茶店だったと思う。「この所余り調子良くないのよ。やはり歳なのかな...」などと少し寂しげだったが、結構元気な様子だった。それから少しして自宅で倒れたらしいと聞き...、以降はその動向も殆ど入ってこずに心配していたのだが...。
今はマーサさんの名前が消えたはず(2018年終了)の「マーサ三宅ボーカルハウス」。中央線の線路沿いのマンションにあるこのボーカル教室は、40数年の歴史を刻んだ日本でも屈指のジャズ教室で、ここからはプロ&セミプロ、アマチュア等など、数多くのジャズシンガー、そしてポップス系シンガーなども巣立っている。その数はなんと数千人とも言われ、ある意味日本の女性ジャズ&ポップスシンガーのかなりが、彼女の薫陶を受けていると言っても過言ではない。前夫の故大橋巨泉さんとの間の2人の娘さん、美加とチカもジャズボーカリストだ。 そんな彼女は現在の中国東北地区~戦前の満州生れで、J-ジャズの偉大な先駆者&功労者でもある穐吉敏子さんと同郷。色々終戦時の苦労はあったと思われるが、この戦前の帝国主義的植民地だった満州から、2人の偉大なジャズ演奏家&歌い手が誕生したたこと、なにか忘れ難い事実でもある。戦後間近い1953年にデビュー、レイモンド・コンデのゲイ・セプテット(当時の人気バンド)のシンガーとして有名になり、以降はJ-ジャズボーカルの中心的存在として活躍を続けた、まさにJ-ジャズのクイーンとも言える彼女。その実像は少しも偉ぶることもなく、実にさっぱりとして凛とした佇まいの大姉御と言った趣き。気さくながらも風格ある真のジャズレディーだった。
ぼくは何故か彼女には良くしてもらった感も強く、中野駅にほど近い彼女のお宅にも、インタビューなどで数回ほど訪れている。まあ普通は余りジャズ関係者の自宅を訪れることなどないのだが、この大御所からは何回か招待してもらっており、中でも一番印象深いのは影のプロデューサー役として、彼女の久々のリーダー作(確か8年振りの筈)『ソフトリー・アズ・アイ・リーブス・ユー』(T-トック)に関わらせてもらったこと。これは全く偶然の賜物で、当時まだジャズ誌「スイング・ジャーナル」誌が健在(今は廃刊)の折、若いライターの一人が彼女について書いた記事(ないしレビューの一節)が、彼女のお気に召さなかった事があった。その訂正の意味を含め再度インタビューをやって欲しいと言う、彼女からの強い要望が編集部に寄せられ、なんとその再インタビュー役を恐れ多くもこのぼくに...というご指名とのこと。そこで編集部から頭を下げられ彼女の自宅へ向かい、どうやらインタビューも無事終了。彼女のご機嫌も治ったようで、いい記事にしてね...と念押しされ、その後しばし雑談を...。そこで彼女から「わたしもう10年近く新しいアルバム出していないの...。どこかで出せないかしらね...」というお願いあり。大姉御のたっての頼みとあっては、引き受けざるを得ない。知り合いのジャズプロデューサーの何人かに声を掛け、その中で彼女の新作制作に最も熱心だった、当時新興レーベル「T-トック」の社長プロデューサー&ミキサーの金野くんの処に決め、彼女に会わせると見事にマッチング。トントン拍子でアルバム制作が決定、ぼくも裏プロデュサー役としてお手伝いすることになったという次第。ピアノに北島直樹、ベースに加藤真一など彼女のお気に入りの素晴らしいミュージシャンが招かれ、楽曲アレンジは寺井尚子バンドで活躍中の北島氏。北島氏とはこの後ぼくがプロデュースして、同じT-トックで久々の傑作アルバムを制作することになるのだが...。マーサさんも久々のレコーディングに乗りのりで、実に素晴らしい出来栄えのアルバムとなり、彼女もご機嫌で彼女からも感謝されたし、確かどこかのアルバム賞も受賞したと思う。
ところでこのレコーディングで大変に印象的だったのは、彼女がスタジオに来て声出しのリハーサルを、なんとピアノの弾き語りでしていたこと。彼女の弾き語りなど今まで聴いたこともないので、密かに録音するようにプロデューサー兼ミキサーの金野くんに依頼、そんなことと知らないマーサさんは、実にリラックスした感じで歌いそして弾き綴り、これがなんとも素晴らしい出来栄え。彼女にそのタイトルを聞くと「これ余り有名じゃないけど、わたしの大好きな曲なの」と...。それが「ソフトリー・アズ・アイ...」で、イタリアの作曲家&ピアニストのトニー・デ・ビータの作ったもので、フランク・シナトラなども歌っているが、我が国では殆ど馴染みの無い銘品。全てのレコーディング終了後に、さっきのリハも収録したのだと打ち明け、彼女の了解も得てこの曲をアルバムの掉尾にボーナストラックとして収め、同時にアルバムタイトル曲にもした...という顛末。今でもこのレコーディングは大変に印象深いし、マーサさんの弾き語りナンバーは彼女の数多いレコーディング歴の中でも、確かこの1曲のみの筈。ジャズに関わってきたぼくの大いなる誇りだし自慢でもある。
あの美しくも優雅で、気風の良い歌い手はもういない。実に寂しい。有難うマーサさん、貴女の優しさ、愛らしさなど、何時までも忘れません。合掌!
【今週の番組ゲスト:ジャズピアニストのハクエイ キムさん】
BCG REPUBLICの1stアルバム『Time Is On Our Side』をご紹介頂きました。
M1「Construction Site」
M2「Your Sky」
M3「Fish Market」
M4「The Calm (Before The Storm) 」




