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テイスト・オブ・ジャズ

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「テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日22:00-22:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.193~音楽疑惑~】

 最近音楽業界でと言うよりも社会的に大きな話題になっているのが、贋作と言うか別人での代作事件。件の主は現代のベートーベンとも称される、重い聴覚障害を負った自称作曲家、佐村河内守。障害にもめげす素晴らしい交響曲を作り上げたと言う事で、NHKがあのスペシャル枠で取り上げ大評判を呼び、その交響曲のアルバムは売れ行き伸びない音楽CDの中で、破格のセールスを記録した。この事件、このコラムで最初に触れようとした時点では、まだ疑惑の域だったので、「疑惑の音楽事件」とし、事件の主役もS氏と匿名にしたのだが、その後週刊誌が大々的に報じ、あれよあれよという間に大事件になってしまったので、全面的に書き換えることにした。

 代作というのはクラシックだけのことで、ジャズの世界では考えられない...、といったわけでも無く、有名なのはデューク・エリントンとその弟子のビリー・ストレーホーンとの関係。エリントンは生涯に莫大な数の作品を残したが、そのうち少なからぬものはストレーホーンの作品だとも言われる。但しこの2人は共同名義でも数々の名作を残しており、決して影武者や代作人と言った関係では無かった。しかし佐村河内は明らかに全く作品を作っておらず、これは紛れも無く詐欺罪だろう。その贋作疑惑を彼が全て認めた今なお、その存在を世に認めさせた大NHKでは、彼を作曲家と紹介、そのドキュメント番組の検証さえはっきりさせていない。もしNHKの番組さえなければ彼の作品、その存在はこんなに有名にはならなかったことは間違いないのに、である。

 この事件はたんに音楽の贋作事件だけでなく、ぼくが関わる放送ドキュメンタリー制作にも大きく関係してくるので、関心を持たざるを得ないのだ。もうかなり知られているが、あのNHKのドキュメンタリー番組は、外部のフリー・ディレクターがNHKに持ち込んだ企画で、彼が全て自身で制作したもの。大評判を呼びその後NHK出版からドキュメント本も出した(現在絶版)のだが、このドキュメンタリー番組は番組放送を契機に、一気にスターダムにのし上がったあのレジェンド・ピアニスト、フジコ・ヘミングの存在を直ぐに思い起こさせた。フジコさんは今最も観客を集められる存在だが、あのドキュメンタリーで描かれた波乱万丈のライフ・ヒストリーが無かったら、現在のような支持を得られたかは疑問である。下北沢の洋館にひっそりと暮らしていた、老ピアニストの存在を聞き付け、それを見事なテレビ・ドキュメントに仕立てた、ディレクターの辣腕は見事としか言いようないものだし、そのドキュメント作品も素晴らしいものだった。NHKのスタッフを含め、その後の彼女の売り込みも見事だった。ぼくも同じ業界人(TVとラジオと言う大きな違いはあるが)として、彼に敬服すると同時に率直に羨ましくも思ったものだった。

 佐村河内を扱った「NHKスペシャル」の件のフリー・ディレクターは、聴覚障害で作曲家と言うその特異な存在を知り、ある種フジコ・ヘミングにも似て絶好の好素材を見付け出したと、そのストーリー仕立てで小躍りしたに違いない。そのオンエアー作品も確かに感動作ではあった。しかしどうやらそのディレクターも、交響曲が他人の作ったものだったことを、薄々知っていたようなのである。ぼくもこれまでラジオのドキュメンタリーを結構作っており、賞をもらったりもしたが、作り方云々よりも素材の素晴らしさ、面白さがまず第一であり、佐村河内の存在を知っていれば是非手掛けたいと思ったはずだけに、同じ放送ディレクターとして感じることも多い。先日若い映像ディレクター数名と飲んだ時、どうして本まで出して贋作や聾唖では無いことが判らなかったのか、といった話になったが、ドキュメント制作に前のめりになり、千載一遇の好素材を発見したならば、ある部分都合悪い所は目をつぶって制作してしまうかも...、という意見も多かった。特にフリーと言う弱い立場ならばなおさらのこと。

 ただ残念なことに余りいい話が無い音楽業界で、久々の大ヒット作(それもクラシック業界でである)が直ぐに出荷停止、関連本も取りやめ、彼への賞も剥奪などと言う話まで聞くと、寂しいし怒りすら感じる。虚言癖とも言われる主人公の性向、膨大な額になるその著作権料の行く末なども含め、放送人、音楽関係者として、考えさせられる事件である。それにしてもこの交響曲、広島に因んだ"レクエム"。だれが書いたにせよ素晴らしい感動的作品だけに、一度は聴いてみたら...。
 とここまで記して来た直後に、もう一つ新たな事実が分かった。なんと彼は「N特」以前の07年に、講談社から「交響曲第1番」(当然絶版)と言うタイトルの自伝を出しており、ある知人がその本を貸してくれた。あの五木寛之先生が賛辞を寄せているこの本、読んでみて驚いた。当然音楽と向き合う凄まじい半生が、臆面もなく書き連ねられており、最後には自分と同じような障害=闇を抱えた方にこの本を捧げるとしている。何を言わんや...である。偽のドキュメントを作った大NHK、そしてこの偽自伝を出した講談社。特に未だ検証番組すらない大放送局には、最近の一連の会長問題発言と共に猛省を促したいものだ。放送人としての自戒を込めつつ...。

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