【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.848~ヴィラデストワイナリー玉村豊男~】
東信と言う単語をぼくも良く使うのだが、これは長野県(信濃)の東部地域を指す。ここには上田市から佐久市、そして随一の避暑地軽井沢町から高原野菜の川上村まで、県東部の市・町・村が含まれる。この地域は新幹線も走り交通の便なども良いし、都心までも結構近く、首都圏などからの移住者も増加するなど、全国的にも有数の人口増の地域としても知られる。またこの東信地域は、ワインバレー地域とも呼ばれる程に、日本でも有数の大小ワイナリーが点在。大手では小諸にあるマンズワイン、更には個人経営のワイナリーなどが、特に小諸市から東御市までの千曲川沿いの街々の高台に並ぶ。
この千曲川ワインバレーを作り上げ、それを育成し、数多くのワイン醸造家を育て上げたのが、エッセイストで画家でもある玉村豊男だった。その玉村氏がこの8月始め、ガンのため1年近い闘病生活の末に、住まいの東御市で亡くなったのだと、このほど知った。享年81才。合掌
ぼくは彼とは、昔に特番などで数回ほどの付き合いだが、ほぼ同い年で同じ杉並区育ち(彼は西荻窪、ぼくは高円寺だが...)、顔合わせれば一応挨拶位はする仲だが、決して親しいとは言えない。日本画家の息子として生まれ、地元杉並の区立小学校から中学に進み、高校は杉並区随一の進学校の西高。そこから東大の文学部に入学と...、この地域のエリート道を一路まっしぐら...。大学卒業後は物書きの傍ら通訳やガイドなどを歴任、30代後半からは一念発起して軽井沢に移住、畑作などの農作業にも目覚め、91年には東御市に移住。その地の高台に夫婦で林を切り開き、ぶどう畑作りに励む。結果数年でワイナリーを作り上げる。その苦労談などを書いた本を読んだ若者達が、彼にワイン作りの師事を受けたいと言い、千曲川河岸地域は彼をメインに一躍日本有数のワイン地域へと育っていく。その彼の実行力や決断力、胆力は凄まじいもので、感服に値するもの。
はるか八ヶ岳や蓼科山などを千曲川越しに見渡す彼のワイナリーは、今やレストランなども含む多角的な経営で、連日大繁盛でもある。ぼくも友人や局の後輩などが来たときには、このヴィラデスト・レストランに連れていき、感激されるのだが、食事も上手いし、店の入口では玉村画伯のデザインした食器やグラス、また絵葉書などもあり、至れり尽くせり。彼も知り合いに挨拶するなど、オーナーとして如才なく振る舞っていたが、最近は余り見かけない...と思っていたらこの訃報。
多彩な才人にして、心熱きヴィラデスト(農夫)でもある彼。静物画や風景画に独特な個性を見せ、自身の画集や美術館(箱根)迄もある彼は、画家としてもエッセイスト(ぼくは愛読者の一人)としても優れていた。長野県の東信地域に与えた影響はかなりなものがあり、その死はこの地域を愛するぼく個人にとっても、また東信地域全体にとっても大変に残念なことである。ただ意外にこの地域のジモティ(地元民)には、彼の存在は余り評判芳しく無いところもある様だ。「後から移住してきた新参者が、余り地域には顔を向けずに、いい思いばかりしている...」、と言った、いささかやっかみの感想も、何人かの人達から聞いたものだった。こうした新住民と昔からの住民の感情問題。難しいものではあるが、彼の努力によって東信の千曲川流域は、世界にも知られるワインバレーと呼ばれる迄に成った。その功績は並では無い。その彼の最後のエッセイ集のタイトルが「明けゆく毎日を最後の日と思え...」とはなんとも泣かせるではないか...。今日は彼のヴィラデスト日記などの著作を読み、同じ杉並っ子としてのその偉大な功績を、再検証してみるつもりです。
【今週の番組ゲスト:"Besties our sounds."のお2人 サックスプレイヤー矢野沙織さん ピアニスト丈青さん】
1stアルバム『rose garden』から4曲ご紹介しました。
M1「rose garden」




