【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.845~信濃追分日記2026年夏②渋やん逝く~】
一時期、東京は酷暑の連続で、全国的にも異様な熱波の来襲と言ったニュースがあちこちから漏れ聞こえてくる。まあこうした酷暑の到来は、ここ信濃追分の地でもそうは変わらない。ただ一度近くの森に近づけば、そうした熱気などもすーっと引いていく辺り、やはり千メートル近い高原ならでは⋯である。ただしその森も乱開発のせいで少なくなりつつあるのが、かなり気がかりでではあるのだが⋯。
こうした毎夏の異様な熱波は、現在体調を崩している高齢の方達には、否応無く体力を消耗させる処も多々の筈である。それだけに昔からの知り合いのジャズメンの訃報も、この時期に飛び込んでくることもしばしば⋯。先日もピアノの鬼才、渋やんこと渋谷毅さんの訃報も伝わってきた。彼が闘病のため入院していることは、前から聞いておりかなり心配していた。だが彼のフェースブックなどを見ると、近い時期に退院して現場に復帰しそうな雰囲気もあり、ホッとしていたのだったが、実際の病状は大分違っており、7月半ばには遂に逝ってしまったのだった。合掌!
ぼくが渋谷さんと知り合ったのは、もう半世紀ほど前のこと。確かピアニストのアケタ(明田川、彼も亡くなっている)の紹介だったと思う。その頃は未だ今の奥さん、くるみさん(大学クラブの後輩)と一緒になっていたかどうか⋯の頃の筈。アケタの店でそのプレーを聴き、評判通りの素晴らしさだと実感した。その頃にはぼくのジャズ番組にも出演してもらった筈だが、そう多くは無かった。その後西荻のアケタの店での、深夜のソロ演奏(これが絶品)なども、数回聴きに行ったりもして、その折には世間話なども⋯。
最近ではこれも亡くなられた超ベテランギタリストのムレさん(中牟礼氏)とのデュオを、国立のジャズカフェ「ノー・トランクス」で定期的に実施しており、その模様はアルバム化もされている。当然2人で番組に⋯とも思っているうちに、お2人共に調子を崩され、番組出演は実現しなかった。もしお2人の話が聞ければと思うと、大変残念だがこれもまあ詮無きことなのである。
渋やんは東京芸大の音楽科を出た才人で、若い頃はNHKの幼児番組の音楽からシティーポップなどのポピュラー畑の仕事迄、様々な分野で活躍しており、自身も「あの頃は本当に忙しかったなー」などと語ってくれたが、本当に多才な人だった。アルバムとしては、女流ジャズ写真家、望月由美さんが自身でプロデュースした、『エッセンシャル・エリントン』がベストだとぼくは思う。これはエリントンの代表的ナンバーを、渋やんが自身の流儀でアレンジし再構築を図り、コウちゃん(峰厚介)などの一騎当千のメンバーを揃えた大型ユニット(渋谷オーケストラ)で演奏したもの。確か2枚出されたと思うが、ジャズ専門誌のスイングジャーナル誌のベストアルバムにも選出された筈である。その他にもソロピアノでも、そのものズバリの『渋やん』(アケタズ・ディスク)など、包容力タップリな滋味深い好作品もある。渋やんの葬儀は7月下旬に護国寺で行われたのだが、ぼくは信濃追分の山荘にいる身なので、出席叶わずだった。代わりに⋯(というのも少し変だが)彼のファンを自認する局のお偉いさんが参列し、くるみさんにも挨拶してくれたと言う。謝・謝である。
その葬儀の日、お山(浅間山)も朝は雲に隠れていたが、午後からはスカッと快晴になリ眺め良し。散歩コースの御影用水では、20羽近い鴨の群れが優雅に遊んでいた。用水の静かな水面と薄く噴煙たなびくお山の山頂を望みながら、渋やんへ献杯を捧げた。長い間本当に有難うございました。渋やんとムレさん、お2人で心ゆくまでジャズ談義、交わして下さい。
【今週の番組ゲスト:夏のラテン特集第2回。チカブーンのリーダー森村あずささん、シンガーの有坂美香さん】
M1「Cambias Mi Mundo / Lila Downs」
M2「San José de los Arroyos / Trio Selso」
M3「 No me platiques más / 有坂美香・森村献」
M4「La Bamba / Mono Blanco」







