【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.330~海野&吉田】
ジャズで本場と言えばやはりNYのこと。世界中からジャズミュージシャンやシンガーを目指す若者達、そして彼らだけでなく中堅・ベテラン陣迄もが集まってくるこの大都市。アップルコアなどとも呼ばれるこの街は、ミュージシャン達の生き残り競争が激しいことでも知られ、その競争は時にラットレース(=ネズミの競争)などとも揶揄される程だが、そこで生き延びれたプレーヤー&シンガーは本当の実力者と言えるだろう。その代表格が世界を股にかけ大活躍している上原ひろみ、そしてボストンのバークレー音楽大を卒業、この街で活躍し始めた山中千尋と言った所で、その他にも数々いる。そんな中で頑張っている一人がピアニストの海野雅威。
日本国内の多くのバンドに参加、その才を高く評価されていた彼は一念発起、単身本場NYに渡ることを決意、同地で地道な活動を展開、先輩や同輩からの厚い信頼を勝ち得、自身のバンドの他様々なユニットにも参加、今やこの街で独自の地歩を固めつつある。そんな彼を象徴するのが、先日NY郊外のスタジオで行われたあるレコーディング。セッションリーダーはあの帝王マイルスのバンドでの活躍で知られ、今やジャズドラマーのレジェンドとも言える存在のジミー・コブ。
そのトリオのピアニストで参加した彼は、それを担当した生きる伝説ともいわれる世界的録音エンジニアー、ルディーヴァン・ゲルダーからそのプレーを絶賛された。ジャズの名盤を数多く手がけた彼は、この録音が終了すると彼をハグしに来て、アシスタントが驚く程に嬉しそうだったと言う。そしてこの2か月ほど後の今年の8月末に彼は亡くなってしまい、海野くんの参加したジミー・コブトリオの録音が彼の最後のレコーディングになってしまったのだと言う。
その彼は毎年一度は里帰り凱旋ツアーを行っているが、最近敬愛するベーシストとのデュオアルバムを発表、そのアルバムとデュオ相手のベーシストを伴い、スタジオに遊びに来てくれた。相棒のベーシストは中堅として様々なシーンで活動している吉田豊で、海野の数年ほど先輩。その2人のアルバムタイトルはなんと「DANRO」。あの暖炉のことで彼らの温かな結びつきを象徴し、そのデュオサウンドにまさにぴったりなタイトル。彼らが演奏旅行で訪れたある養護学校の校長さんが、子供たちの彼らの演奏に接する様子がまるで暖炉にあたっている様だと語ってくれたことから、このタイトルを付けたのだと言う。ベースの吉田は大学卒業後、一時小学校の教師をやっておりそれを辞めてプロの世界に飛び込んだという少し変わった経歴の持ち主。その彼にほれ込んで共演を申し込んだ海野はまだ大学生だったと聞く。以来15年余り2人の交友は続いている。
デュオアルバムは埼玉県の川口市の小さなライブハウスで録音されており、海野くんの気の向くままにスタンダードの銘品を弾き綴り、その中にそれぞれのオリジナルを1曲ずつ織り込んだ構成になっている。「ワルツ・フォー・デビー」「スター・アイズ」など6曲のスタンダードは嫋やかで円やかな世界を描き出し、何より2人のオリジナル「オールド・ボーイ(吉田)」「ザ・パスチュール(海野)」が素晴らしい。2人とも30代でジャズの世界ではまだまだ若手の方だが、それでも彼らより下の世代が育ってきており、「既にオールドボーイになってしまいましたよ...」と2人は番組収録後に語ってくれたが、いやいやそんなことはありませんよ。
海野くんは番組に遊びに来る時には、決まって奥さんを同伴、ツアーも一緒に廻っている様だが実に仲がいいご夫婦。NYでの厳しいラットレース、ご夫婦で乗り越えてくださいね...とかげながら応援したくなってしまう。海野&吉田コンビの『DANRO』、これからの寒くなる季節にはぴったりな、ほっこりと温まるアルバムとして、皆様に推薦します。
【今週の番組ゲスト:ピアニストの海野雅威さん(右)と、ベーシストの吉田豊さん(左)】
9月21日リリース『DANRO』より
M1「Waltz for Debby」
M2「Old Boy」
M3「The Pasture」
M4「Falling Love with Love」