3月25日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.03/24 番組スタッフ 記事URL
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.350~西成ジャズ】

 関西の中心地、大阪の街で最もディープにして今注目の地域と言えば、通天閣や釜ヶ崎を含む西成地区と言うことになるだろう。ぼく自身はこの一帯に行ったことは数度ほど、決して知っているとは言えないのだが、先日NHKのBS放送を見ていたら、いつもは東京ディープと言う東京の深面白い(ディープ)地域を探る番組が、その回だけ大阪ディープに変更され、大阪出身の若手俳優が案内役で、この地域を探訪する番組に変わっていた。何気なく見ていると通天閣周辺の商店街の特色ある店(ぼくのような東京人にとっては興味深いものばかりだが)がいくつか紹介され、続いてこの地域を強烈に印象付ける釜ヶ崎(あいりん地区)の歴史が紹介された。かつての釜ヶ崎暴動などの騒乱事件の映像も流れ、久々に少しばかり血沸き肉躍る感じもあったのだが、この荒れた地区も今ではかなり落ち着きのある地域へと変わりつつあるとのこと。日雇いの労働者の人達が泊まる木賃宿などとも言われた、簡易宿泊施設もかなり小奇麗に改善され,その宿泊料金の安さや大阪独特のディープな雰囲気も相まって、外人旅行客にも大人気だとのことで、インタビューに答える外人たちも実に愉しそうだった。
 そしてこの地域のすぐ近く、長い間放置されていた大きな空き地が少し前から売りに出ていて買い手が付いたとのこと。その買い手とはあの各地でホテル展開をしている星野リゾートで、どうやらこの地にシティーホテルを建てる計画だと言う。そうなればこの辺りも大きく様変わりするで、小洒落た街に変身と言うことになってしまうかもしれないが、大阪人へのインタビューでもそこら辺を歓迎する人、拒否する人など意見も様々。実際この一帯がどう変わっていくかは、ぼくのような東京人にとっても大いに興味ある所でもある。

 とここで余計な話を一つ...。今受けにいっている星野リゾートの社長の本宅は、なんとぼくの追分の山荘の一軒置いた隣、つまり社長は隣人だということ。まあそれがどうしたと言う訳だし、今は東京がメインで東京にも自宅を持っているとも聞くが、あのカルロス・ゴーンの秘書をしていたという社長夫人の姿は、ときどき散歩の際に見かけることもある。またこの社長がこの追分の自宅を手に入れた面白裏話のあるのだが、それはまた別の機会に...。

 まあずらずらと書き連ねてきたが、これからが今回の本題。その西成地区の新たな動きとして紹介されていたのが「西成ジャズ」。これはこの地域の一杯飲み屋(立ち飲み屋が多い)数軒で行われているジャズライブのことを指す。「難波屋」など多くの飲み屋は、ジャズライブを始めるまでは普通の狭い立ち飲み屋だったということだが、ライブが始まってからは大阪をはじめ関西各地からこのライブを聴きに来る客も増え、今や西成の名物になっているのだと言う。松田順司と言う結構なベテランのドラマーの人がメインで、彼の呼びかけで関西拠点のジャズメンたちが集まり、セッションが開かれているようだ。演奏とボーカルも少し聞いたが(臼井さんと言う女性シンガー)なかなかの熱気ものだった。日雇い労務者の人たちもグラス片手に体を揺すっており、高級クラブやレストランなどで聴かれる、乙に澄ましたジャズ演奏ではない、生身の血が滾るソウルフルなジャズに感心させられた。果たして西成ジャズと言う言葉、関西圏で実際の市民権を獲得しているのかはしかとはしないし、未だ西成ジャズとしてのアルバムも登場はしていないので、番組で取り上げるのはいささか難しいかもしれないが、実際の音としてCDが上がった時にはぜひ皆様にも紹介したいと思っている。日常生活の高級BGMになってしまった今のジャズに対しての強烈なアンチテーゼとしてのジャズが、ここにはある感じもする。どうか頑張ってこのジャズ、盛り上げ続けていって欲しいものである。。

【今週の番組ゲスト:ジャズのお勉強、先生は音楽評論家の青木和富さん】
M1「チンライ節 / キングノベルティーオーケストラ」
M2How High The Moon / 江利チエミ」
M3Donna Lee / 秋吉敏子」
M4Sunny / 笠井紀美子 ウイズ 大野雄二トリオ」


FUKUMIさんと一緒に。

20世紀日本ジャズ大系(キングレコード)」
3月18日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.03/17 番組スタッフ 記事URL
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.349~エノケンと笠置シズ子】

  いささか不思議なことかも知れないが、我が国のジャズライターや編集者などいわゆるジャズ関係者のほとんどが、戦前のジャズ即ち日本のジャズ(J-ジャズor和ジャズ)創成期の頃のことを知らないし、関心もないようである。こう書いているぼく自身も、かつてはそうだったので余り偉そうなことも言えないず関心は無かった。現在この戦前=創成期のことを知っているのは、ジャズ業界の先輩で90才を超えた今なお、現役でバリバリとライブ現場などにも顔を出している瀬川昌久さん位なもの。その他はジャズ関係者ではなく、歌謡曲の歴史や大衆演芸史などを研究している研究家やジャーナリストなどと言った所になってしまう。かつて油井正一さんや野口久光さんなど、業界のオーソリティー達がご存命の折には、自身の実体験としてもここら辺の音楽=ジャズについて語ってくれたものだが、今は瀬川氏頼み。彼は本職は銀行マンで、昭和20
年代のNY駐在時代にモダンジャズの創始者、バードことチャーリー・パーカー、そしてレディー・デイ=ビリー・ホリディ―の生ライブを現地で体験したという日本人では貴重な存在。

 
ぼく自身はあの大ヒットした自由劇団の芝居「上海バンスキング」で、ここら辺のジャズソングに興味を抱き、主演の吉田日出子さんが真似をしたという戦前のジャズスター川畑文子(ハワイ出身の日系2世で、日本に里帰りしその愛くるしい容姿で、アイドル的な人気を博した)、彼女の存在を知り一時その魅力に惹かれた訳だが、それ以降は関心も薄れてしまった。それがひょんなことから都内某区の教養講座「ジャズの面白さ(仮)」を引き受ける羽目になってしまい、苦し紛れに思いついたのが日本のジャズ。今年は丁度ジャズレコード誕生100周年(ODJB=オリジナル・デキシー・ジャズ・バンドが最初のジャズアルバムを吹き込み100年目)にもあたり、ここらでひとつ日本のジャズにも目を向けても...などとも考え、これをテーマにしたのだが、その1回目が戦前=創成期のジャズ。家に関連アルバムも結構あるはず等とCD、レコードの山を探したのだが、誰かが持って行ってしまったのか、とんと見つからない。講座の当日は迫るし、かなり焦りまくって知り合いなどを総動員、川畑文子やディック・ミネなどと言った歌手の関連音源をかき集め、再度ここら辺を勉強した。

 
ところでわが国で初めてジャズアルバムが吹き込まれたのは、ODJBの初吹込みがあってから6年ほど後の大正末期。そして昭和の初めに二村定一と言う歌手(浅草オペラのスターだった)が、「アラビアの唄」「青空」と言うジャズソング(小唄)2曲を正式に吹き込み、これが数十万枚の大ヒット(今では考えられませんね)。なんとバックは慶応大学生バンドが務めたというこの2曲、日本でもジャズソングブームが始まったと言う次第。ここからディック・ミネ(「ダイナ」の大ヒット曲を誇る)、川畑文子などが登場、スイングダンス大流行と共に昭和初期の日本ジャズエイジが現出されていき、頂点に達するとともに、遂には第2次世界大戦が勃発し、ジャズは敵性音楽として弾圧を受ける...という悲惨な末路を辿るのだが、その間にも戦前のジャズ界は世界に誇りうる天才2人を生み出している。それがエノケンこと榎本健一と笠置シズ子。

 
今は残念なことに、知る人もいなくなってしまったこの2人。エノケンこと榎本健一は日本の喜劇王と呼ばれた人気喜劇役者兼歌手。一方笠置の方は「東京ブギ」の大ヒットをはじめ数々のブギソングで、終戦直後の日本を明るく照らした歌う大スター。エノケンは二村定一と浅草の舞台で共演したこともあるが、全く独自の歌い口と解釈によるスタンダードソング(「青空」「南京豆売り」「雨に唄えば」等々)のエノケン流焼き直し歌謡で、世界にも稀なジャズソングを作り上げた天才。「俺は村中で一番...」の歌詞で知られる「洒落男」が最も有名だが、まあこんな歌い手世界中どこにいません...と言った唯一の存在。その上少しも本場のジャズシンガーの真似をしようなどと言う、媚びた考え・姿勢も一切ない潔さ。ただ残念なことにこの天才の音源は現在全て廃盤。彼の音源を集めるのに今回相当苦労したが、これは文化的ロスとして考えないといけない問題。

 
一方の笠置シズ子は、戦前・戦後のジャズ&ポップ歌謡の大立者、服部良一の「ラッパと娘(1934年・昭和14年)」で本格デビュー。その後戦後直ぐに服部良一の一連のブギソングで一世を風靡することになるのだが、このデビューのジャズソングでの才能が素晴らしい。日本最初のスキャット唱法も取り込み、豪放に大胆にスイングし、バックのバンドと本格的なコール&レスポンスを展開する。正に胸のすくような快唱で、こんな歌手が戦前にいたとは...。あっと驚く天下一品の歌いっ振りである。

 まあこんな調子で戦前のジャズについて一席ぶったわけだが、この講座の模様はまたお伝えしようと思う。皆様はもし興味を持ったらば、取りあえずエノケンと笠置シズ子、この2人の唄だけでも聴いてみてください。音源探しが少し大変かもしれませんが...。
【今週の番組ゲスト:ベーシストの金澤英明さんとピアニストの栗林すみれさん】
アルバム『二重奏』から
M1「Mary Hartman,Mary Hartman」
M2「Halu」
M3「RAKUYO」
M4「All The Things You Are」

3月11日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.03/10 番組スタッフ 記事URL
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.348~石原慎太郎】

 「豊洲移転への首長としての裁可責任は確かにありますよ、しかし...」「ぼくは部下に全て任せていたんだよ。その部下がハンコを押したんですよ...」「議会も審議会も承認したんだよ。専門家でないぼくがそれを承認せざるを得ないし、責任は議会や審議会にもあるんですよ...」。だれよりも憂国の志を持ったと自称する武士~慎太郎侍の言い訳の数々。さすがにTVのワイドショー出演の次男も、あの回答はまずいと苦言を呈していたが、もうこうなると老醜としか言いようない体たらく。この豊洲問題は(有能だから)週に3
日ほどしか当庁しないなどと豪語していたツケ、そしてマスコミや職員などへの恫喝、それに加え自身をアピールする大衆操作。これだけに長けていた実像がここに来て露呈してしまった感も強い。かつてのあの暴力青春小説「太陽の季節」に象徴される、権威を打破する価値紊乱者、石原慎太郎の面影やまるでなし。選挙演説などでは「あの裕次郎の兄、慎太郎です...」などと常に前振りをしていたとも言われるが、マイトガイの弟も泣いている...。

 
ところでぼくは彼にこれまで2度ほどインタビューをしている。一度目はもう40年以上前のことで、当時「ラジオたんぱ(現ラジオ日経)」には政党の時間と言う政治番組があり、当時の自由党や社会党などの各政党がスポンサーになって、自己アピールをする番組だった(筈である)。そこで担当の先輩ディレクターが当時売り出しの若手政治家、慎太郎先生にその政見を聞きに行くということになり「お前も彼のファンの一人だろうからインタビューをしろ...」などと言われ、止む無く聞き手を務めることになった。確か当時の議員会館でのインタビューだったと思う。慎太郎先生は態度こそデカいが、見栄えも良く若々しくある種の理想主義者的意見も開示(後年はその片鱗もなくなってしまったが...)、ぼく自身は自由党大嫌いながらも...この男なかなかやるなーと言う感じは確かにあった。
 そしてもう一度はそれから数十年後、絶大な権力を握る都知事として台湾特番で意見を述べて欲しい...と言う、台湾政府の意向を受け都庁に向かうことになった。週に数日しか当庁しない彼を捕まえることは大変に難しい作業ではあったが、それもどうやらクリア、知事室で彼に30分ほど時間をとってもらい色々聞いてみた。その細部については覚えていないが、何より困ったのは中国のことを「支那、支那」と呼び続けること。今や死語になったこの支那。載っていない辞書もあるほどのこの言葉、「戦前、日本が中国を呼ぶ時の蔑称」と表記にあり完全な死語。この単語を得意そうに連呼する彼を見ながら、これは全くダメな虚勢男だと思ったが、案の定今回の件でそれが露呈されてしまった。この慎太郎侍とあの森友学園の園長とはどこかで間違いなく通じ合っているはずで、いまや日本の闇・膿がじわじわと染み出してきた感も強い。そして海の向こうでも、トランプがあの悪名高き人種差別団体KKK(クー・クックス・クラウン)を闇から蘇らせたような危険な事態が着々と進行しつつあり、そんな危機の時代の中にいることを忘れてならないだろう。


 
それにしても石原慎太郎、文学者としては唯一評価されるべきことがある。あの「太陽の季節」の次かその次に書かれた短編「ファンキー・ジャンプ」。今書庫を探してもその本が見つからないのだが、これは間違いなく日本が生んだ最高のジャズ小説の一つ。スリリングにジャンプ(飛翔)するジャズミュージシャンの心情を、見事に描き出した傑作。小説の「ファンキー・ジャンプ」、そして漫画の「ブルー・ジャイアント」(現在連載続行中)。この2作品はJ-ジャズ文化の一つの頂点だと思う。それを生み出した慎太郎も多いに誉めるべき所はあるのだ。それにしても惨めなり現在の老醜・慎太郎侍。あの頃の意気込みを取り戻せ。
【今週の番組ゲスト:ジャズボーカリストのFUKUMIさん】
M1Windmills Of Your Mind
M2Moon In Paris
M3What Are You Doing The Rest Of Your Life?
M4Yesterday When I Was Young

3月4日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.03/03 番組スタッフ 記事URL
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.347~2017mの山そしてまたひとり】

 以前月に数回は山行をしていた頃は、山岳写真家や山のエッセイスト、ヤマケイ(山と渓谷社)のお偉いさん~ヤマケイ協力の番組もやっていた関係、そしてトレッキングサークルの面々等々、本当に色々な連中と山に入ったものだった。まあこんなことを言うといかにも凄そうだが、実際は年に数回アルプスに行く程度で、あとは同行のメンバーの車で関東・信越の山に入るぐらい。決して威張れたものではないが、関東周辺の名だたる山はほとんど全て踏破しているほど、良く山行したもので、その帰りは温泉と決まっており、温泉の数もかなり稼いだものだった。それが60才を超えたころから、温泉探訪は別として山にはめったに行かなくなってしまい、年に数回仲間と山行をするくらい、足腰の衰えもオールドボーイならではの顕著なものになってしまった。これではいかんと思い直し、大学時代の仲間に頼むと早速案を出してくれた。

 
その案とは東京都の最高峰、雲取山トレックである。ジャズ研のクラブ先輩や同期の仲間など(不思議なことにジャズ好きであると同時に山好きでもある)数人との、気の置けない山行である。この山行、もともとはあの東日本大震災の週に実施されるはずのものだったが取りやめ、今回ようやく実現したかたちで因縁深いもの。その上今年は2017年、そして雲取山も海抜2017メートルの高さを誇り、どうやら17年の山としても脚光を集めているのだとも聞く。それはグッドではないかと言うことになり、三条の湯で一泊し、翌日雲取に登る計画と決まった。1日目は立川駅から青梅線に乗り終点の奥多摩駅でバスに乗り換え、雲取山の麓の三条の湯に向かう。三条の湯は山深い渓谷の奥にある秘湯で、PH10.2と言う高いアルカリ濃度を誇る。バス停を降りてから林道をひたすら歩くこと3時間半、ようやく辿り着ける山中の秘湯(鉱泉)だが、長い時間を掛けるだけの価値は充分、ぼく自身、三条の湯は今回で3回目。10数年振りの再訪になる。以前ならば三条の湯までかなり楽ちんに着いた筈なのだが、やはり年を重ねるとそうもいかない。

 
雲取山に登るのは今回が5回目、なまじ昔の登山経験があると失敗する。この時期の山行はなんと言っても冬山なので、それ相応の準備も必要なのだが、以前の経験もありそれなりにこなせる...などと甘い考えだったが、これが大間違い。事前にアイゼンももう少し高価な6本爪を買っとけば良かったのに、ほとんど雪山に来ることも...などと考え、簡易アイゼンにしたのが大間違い。雪はさほどないのだが狭い山道の日の当たらない所はバリバリのアイスバーン。以前ならばなんてこともなく通り過ごした山道も立ち往生、その上簡易アイゼンは肝心な時に外れてしまったりで役に立たない。しりもちをつきながらどうにかやり過ごしたが、仲間から「お前息も絶え絶えじゃないか...」と揶揄される始末。昇り降り全て8時間余り、以前ならば1時間は短く行けたはずなのだが...。そのおかげで最終バスにも乗り損ね、奥多摩駅までタクシー、温泉に入ることも叶わないトホホの山行、家に辿り着いた時は本当にホッとしました。やはりオールドボーイになればなるほど、山を舐めてはいけません。今回の大教訓でした。

 
そして家に着くと訃報が待っていた。かなり長いこと患っていたピアニストの辛島文雄が亡くなったという知らせ。享年68才。大分出身の音楽一家(父は大分大教授、兄弟も芸大教授など)の彼は、名門九州大学卒業後上京して様々なバンドで腕を磨き、日本逗留中(麻薬使用容疑で帰国できず)にあのレジェンドドラマー、エルビン・ジョーンズに才能を認められ、彼のバンドに参加、ワールドツアーなど華々しい活躍をした。以降は自身のトリオなどで、日本を代表するジャズピアニストとして人気を博した。日本人離れしたダイナミックなプレーは今の時代にはいささか熱すぎると敬遠される向きもあったが、素晴らしいピアニストだった。数年前からがんを患い、闘病生活が続いていたのだが...。辛島は新しいアルバムを出すとほぼ出演してもらったが、最後に顔を見せたのは数年前のこと。その頃から幾分調子も悪そうだったが、スタジオに来れば快活に振舞い、ユーモアたっぷりに昔の仲間達の逸話などを聞かせてくれたものだった。今月の14日には池田篤などを従え新宿ピットインで医師の許可を得てライブを敢行、これがラストステージになってしまった。
 
山から帰宅してかなり疲れてはいたが、辛島のアルバムを...と思って、CD棚からエルビン・ジョンーズとの『ムーン・フラワー』、ハーモニカの名手トゥーツ・シールマンスを迎えた『ウイズ・シールマンス』を取り出し聴いてみた。心に沁みました。合掌!
【今週の番組ゲスト:ベーシストの井上陽介さん
M1「Watch Out」
M2「Agua De Beber」
M3「Fragile」
M4「Birdland」

2月25日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.02/24 番組スタッフ 記事URL
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【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.346~別府よいところ】

 「金の心配などしなくていいから、お前の好きな都市に移り住んでいいよ...」と言った虫の良い申し入れがあったら、ぼくは即座に「何を置いても別府」と答える筈である。まあ現実問題として、そんな棚ぼた的申し入れはまず起きない訳だし、そんなに別府が良いなら金の問題など考えないで、この際思い切って終の場所にして移り住めば...とも言われそうだが、現在の国立の家、追分の山荘、友達関係など諸々考えると、そうでなくても優柔不断な性格だけに決めかねてしまう。しかし別府に終の棲家として暮らす...。この誘惑はかなり強烈なもので、まず何と言っても世界一と信じている温泉。別府8湯~市内の至る所に源泉がありそれぞれに泉質が異なっていて、市内至る所に(100
以上とも言われる)公衆温泉、その入浴料はほとんどが100200円。それに旨い魚に焼きソバ等、お好みの安価なB級グルメも豊富。1000円札1枚を持ってチャリンコで街をぶらつくだけで、夜まで温泉付きで愉しめる。その上に絶景の海と山。熱海も情景は似ているが、そのスケール感が違うのだ。穏やかな別府湾と火山の鶴見岳・由布岳。一寸足を延ばせば湯布院、強烈な酸性湯(西日本随一)の塚原温泉等など。更には穴場の別府駅裏口、ここには広大で静かな市民公園のほけ、かつての政治家や財界人の豪勢な別荘も立ち並ぶ。もう少し思い出しただけでも足と胸が疼いてしまう。

 
今から30年ほど前、番組取材での熊本出張の後、先輩と九重連峰を縦走し、その後一人で長距離バスに乗り別府に向かって別府湾&市内が一望できる丘の上から臨んだ初めての別府。そのランズケープには本当に圧倒された。「なにに...、勿論初めて見た別府の街中至る所から立ち上る湯煙りですよ」。温泉フリークを自称している向きで、この光景に圧倒されないような輩は一人もいない筈で、ぼくも思わず感激の余りバスを降りてしまい、そこから街の中心部迄たどり着くのが、大変だったことを思い出す。ショックでした。

 
その時以来、別府には10数回ほど足を運んでおり、局員時代には九州出張があれば、無理をしてでも別府に辿り着く予定を組んだもので、最後に訪れたのは去年の秋のこと。局時代の先輩数人と数日間の大分・別府散策で、市内の公衆温泉を10数か所巡った。イヤー本当に楽園の心持でした。

 
ところが今年になってまたまた別府詣での心持が疼くことになってしまった。我らが森田一義君=タモリ。彼の今一番メインの番組、NHKの「ブラタモリ」が2週にわたって別府特集だったのである。日頃はほとんど見ないのだが、これは見逃すわけにいかない...と、土曜日の夜TVにかじり付いた。1回目は別府温泉の成り立ち、2回目は日本一いや世界一の大温泉街誕生の秘密で、どちらも大変に興味深かった。1回目は別府と湯布院の真ん中、塚原高原にある塚原の湯の少し上にあるカルデラ噴出口(ぼくも数回訪れている)。その地下に別府温泉全体を賄う広大な温泉湖があり、そこから別府に流れ下っているのだという事実。別府の古くからある遊園地、楽天地の直下にある旧金鉱跡、今でも蒸気のサウナ状態で立ち入り禁止、その直ぐ下にある金鉱の湯(この存在も今回初めて知り、是非入浴したいと思った)等々。ぼくもそれなりの別府通と自負していていたのだがやられましたし、面白かったです。まあ東京から大人数でわざわざ行ったので、2回分は収録しなければ...とスタッフも考えたのだろうが、それだけ別府が奥深い存在だということの良き証明にもなっていた。ただ一つ疑問だったのは、タモリは確か夫婦で東京に出てくる直前、別府の山奥のゴルフ場支配人だった筈で、バリバリに土地勘もあり、相当以前に数年間開かれていた「別府ジャズフェス」でも、その繋がりで司会を担当していたと思ったのだが、楽天地なども初めて存在を知った様に振舞っており「おいおいそれは無いだろう」とも思ったものだが、まあそんなことは枝葉末節。
 
海地獄・坊主地獄などの地獄、古色蒼然とした竹瓦温泉、そして地獄蒸し等々。「よーしまた金を貯めて、別府全ての公衆温泉制覇を目指すぞ...」なぞと年甲斐もなく馬鹿な考えで勇んでしまいました。罪作りですよね。

 と言うことで今日の一曲は、久しぶりにアイパッチをした悪しき芸人、タモリのデビューアルバムで、わが友・高平哲郎君が構成・演出を手掛けた迷盤「タモリ1」から、懐かしき(博多で聞く)「世界の短波局」を...。闇芸人タモリの生き々した姿、魅力的ですよ。
【今週の番組ゲスト:「ジャズのお勉強」音楽評論家の青木和富さん】
M1Minor Swing / Django Reinhardt
M2Honeysuckle Rose / Stan Getz
M3Waltz for Debby / Monica Zetterlund
M4Mack The Knife / Barney Wilen
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2月18日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.02/17 番組スタッフ 記事URL
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【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.345~ジャロウ&ベネット】

 先日、ヤフーのトップニュースを見ていたらアル・ジャロウ死亡と言うニュースが、トップ10入りしているではないか...。これにはいささか驚かされてしまった。彼の訃報はぼく達ジャズファンには大変残念なニュースには違いないが一般には...、と思ったのだがこれが大きな間違いだと気付いた。どうもぼくなどは彼を天才的で抜群のテクニックを誇るジャズシンガーと考えがちなのだが、一般にはジャズと言う狭い枠だけでない、もっと広い領域で活躍するシンガーとして捉えられていたのである。その証拠に彼はグラミー賞のジャズ部門だけでなく、ポップスそしてR&B部門でもグラミー賞を獲得、この3部門を制覇した初めてのレジェンドシンガーでもあるのだ。更にグラミーに関して言えば、彼は6回もこの賞の栄冠に預かっていたとのことで、これならばヤフーのトップニュースに登場するのも至極当然と言った感じでもある。

 
享年76才とのことで、一昔前ならばもういい年令と言うことになるのだろうが、日本の標準からは(そしてぼく個人からしても...)いささか早すぎる感は否めない。確か数年前には大病を患い、ステージ活動は難しいのでは...とも言われていたが、昨年見事にカムバックを果たし、東京のブルーノートにも出演していた筈である。ただやはりどこか無理していたのかも知れない。少し前にも記したように、抜群のボーカルテクニックの持ち主で、特にそのスキャット技術は圧巻だった。死亡記事が出ているので関連のユーチューブを覗いてみたら、公式画面に「モーニン」と出ている。あのアートブレーキー&JMの大ヒットチューンのモーニンをアフロアメリカン(黒人)の彼がどう歌いこなしているのか...、なんとも愉しみで直ぐに見てみると、これがあの生きの良いファンキーチューン「モーニン」とは似ても似つかわない、軟弱なフュージョンもので、画面も小鳥が出たりするカトゥーン仕立て。いささかがっくりだったが、ここでもその歌の巧さは目立っていた。ぼくがお勧めの彼のアルバムは、自身の名前がタイトルにしている『ジャロウ』。ジャズシンガーとしての実力がよく出た1枚だと思う。それにしても本場アメリカでは、彼を始めホセ・ジェームス、カート・エリング、マット・ダスク等々、黒白入り乱れ実に多彩な男性シンガー達の活躍が目立つが、J-ジャズではTOKU、小林圭、そして我が後輩でジャズ博士の丸山繁雄(実力No1)など、ほんの僅かしかおらず活躍も女性群に比べ全く目立たないのもいささか残念なこと。

 
ところでジャロウは76才でこの世を去ってしまったが、一方齢90になっても未だ第一線で堂々と活躍しているシンガーもいる。 トニー・ベネット。ショウビズの大看板、フランク・シナトラ亡き後、ジャズボーカルだけでなくエンタテインメント界全体の大立者としてバリバリ健在に歌い続けている彼。その90才を祝うTV番組が昨年暮れ大々的に放映され、同時にそのTVショウをメインにした記念アルバムも,昨年暮れの31日に出された。ここではレディー・ガガ、エルトン・ジョン、ビリー・ジョエル等々、まさに世界のスーパースター達がお祝いに駆け付け、それぞれの持ち歌を記念に披露する、まさに豪華絢爛の夢舞台が繰り広げられている。TVショウそしてアルバムのタイトルは、ベネットの十八番の一つ「ザ・ベスト・イズ・イエット・トゥ・カム」。ラブソングなだけに邦訳は「お愉しみはこれから...」等とされ、君とのお愉しみはこの後だよ、と言ったかなりセクシュアルな意味合いも含んでいる様なのだが、ベネット自身はこの歌に歌手人生を掛け合わせている感もある。即ち自分の唄はまだピーク=ベストを迎えていない...そのため常にそのベストを目指して歌い続けなければ...と言ったシンガーとしての自戒の意味も込められている、と読み解く必要もありそうなのだ。教えられる所も多い。

 
ベネットそして今は亡きジャロウ。どちらも良きアメリカを代表する素晴らしいシンガーである彼らに乾杯そして献杯を...。
【今週の番組ゲスト:ジャズトランペッターの高澤綾さん】
M1「Bubudy-Crescent City Connection-」
M2「St.Louis Blues」
M3「Drizzin」
M4「Herlin Homey Riley」

2月11日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.02/10 番組スタッフ 記事URL
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.344~新年会続き

月は何かと飲み会も多い。もういい年令のオールドボーイ~かく記すぼくのことだが~にとっては、遅くまで飲むというのも結構きついのでもあるが、何かと色々な絡みもあり断れない...。などと言いながらも結構愉しんでいる訳だが、そんな新年会の中でも毎年決まっているジャズ関連の会合が2つある。一つは大学時代のジャズクラブ仲間の集まり、もう一つはジャズライターやレコード会社のジャズ担当、ジャズ喫茶のマスター、マスコミ関連、ジャズイベント屋等など、60人以上が高田馬場のジャズクラブの地下室で開く、酒池肉林(?)の親睦会である。

 
ジャズ研の集まりの方はぼくの前後数代の連中、となるともう60代後半のオールドボーイズ10数名と言うことになるが、年1回一泊旅行を全員で行い、そしてこの新年会に集まるというのがここ30年ほどの定番。学生時代からの付き合いで、それもジャズ好きの集団と言うことで、いい年をしても結構うるさ型の集まり...などと想像しがちだが、長年リーサラ(サラリーマン)生活を続けていると、ジャズなどとはトンと無縁と言う輩も多く、話もジャズ関連は皆無でほとんどが健康問題と言う、そこら辺のおっさんの集まりと少しも変わりがない。年1回の旅行も子供が小さい頃は家族連れが原則だったが、子供も少し大きくなれば、そんな煩わしい旅行に付き合うのはまっぴらと...間もなく霧消してしまった。メンバーの中には熱心にアルバムを買い続けている殊勝な人間もいて、ジャズの話題を振ろうとするのだが、生憎なことにほとんどは無関心でいつも打ち切りになってしまう。まあこれがオールドボーイの真の姿といった寂しい所でもある。

 
一方ジャズ関係者によるジャズ新年会の方は、ジャズアルバムの売れ行き厳しき折にも拘らず、毎年結構な人数が集まり、新人プレーヤーなども売り込みを兼ね参加、ステージで熱い演奏を披露してくれたりもする。今回登場したのは東京芸大出身の期待のドラマー、石若駿くん。彼は番組にも2回ほど出演してくれているJ-ジャズの次代を背負う有望株。彼のユニットの演奏で始まり、挨拶はレコード協会の前会長など数名、その中に前の衆議院議員、石井一氏もいて少しびっくりした。彼もかなりなジャズ好きで、今やジャズ関連の会の代表なども務めているとのこと。その縁での参加の様だが、ぼくも軽く挨拶をしておいた。と言うのも彼(神戸が地盤)の秘書を長く勤め、その後九州・福岡の筑後市の市長に当選し3期ほど勤めたK君は、大学時代のトレッキング関連同好会の幹事長だった男。石井氏に尋ねると今でも時々Kと会うとのこと。よろしくお伝えくださいと伝言しておいたが、果たしてどうなることか...。

 
ところでぼくにとってこの新年会のメリットの一つは、色々なジャズ担当者やミュージシャン、シンガーに会い、その場で出演交渉ができること。この場では売り込みもいくつかあり、ダータ(無料)での出演交渉には言うことなしで、いくつか決めることも出来た。めでたし・めでたしである。そしてもう一つは意外な情報が耳に入ってくること。今年は古くからのジャズ仲間で、日本で唯一のグラミー賞ジャズ部門受賞プロデューサーのk氏から、ある大物女性シンガーのジャズアルバムを作ったという秘密話を聞いた。これは3月末ぐらいに発表予定のものとのことで、今はまだシークレットなのだが、今やジャズシンガーとしても色々と仕事をしている八代亜紀よりも大物は間違いなし。発表になれば話題になること必定だが「イヤーそれにしてもやはり彼女歌上手いよねー」とのK氏の話で、なんと企画実現までにおよそ2年間かかったとのこと。その彼女のアルバムが出るならば番組に是非連れてきて欲しい...と頼んでおいたが「小西さん、それは約束出来ないよ...」と軽くいなされてしまった。もし実現したらデビュー直後からおよそ40年振りのラジオ日経(当時はラジオたんぱ)番組登場と言うことになるが、結果は何とも言い難しだ。
【今週の番組ゲスト:神戸在住のジャズシンガー松原衣里さん】
M1「Wild Is Love」
M2「Forget Me」
M3「Razzle Dazzle」
M4「The Great City」
M5「Here's to Life」
 
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2月4日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017.02/03 番組スタッフ 記事URL
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.343~やっぱりラグビーはおもしろい】

 日本のラグビーシーズンはこれまで1月で終了と言うことになっていたのだが、昨年から世界的ラグビー大会「スーパー・ラグビー」に日本チーム(=
サンウルブス)も参戦するようになり、2月にはもうそのスーパー・ラグビーがスタート、年間を通してラグビーシーズンと言うことになってしまった。これも善し悪しだが、1月末のラグビー日本選手権決勝、これで国内ラグビーシーズンの一応終了ということには変わりなく、その最後の決勝戦を早稲田ラグビーの不甲斐ない敗戦以来いささか御無沙汰だったが、久しぶりに秩父宮に足を運ぶことにした。
 
サントリー(サンゴリアス)vsパナソニック(ワイルドナイツ)と言う現在最高の力量の持ち主どおしの決戦、好試合間違いなし。パナのゲームキャプテンは早稲田OBでぼくのご贔屓の布巻俊介、一方サントリーには5名ほどの早稲田OBが参戦、それだけに久しぶりにどちらかに加担することもなく純粋に試合を観戦できた。

 
秩父宮はこの好試合に満員御礼、試合前からいい意味の緊張感がありわくわく状態で、2時の開始と同時に盛り上がりも高調。試合は一進一退で点数が入らない均衡状態だが、ガチな力のぶつかり合いだけに見応え十分、スリリングでいて御愉しみ感もたっぷりな満足もの。前半はお互いPG(ペナルティーゴール)だけの33のイーブン試合、後半になってもこの状態は続き、パナが相手のキックをチャージし初トライするもサントリーも相手の反則を確実にPGで決め一進一退、点数差はわずかにサントリーがリードのまま終盤を迎えるが、両者相譲らずそのままエンディング、サントリーが勝利を収める。普通こうしたノートライでの勝利となると、かなり非難も集まるのだが、今回はそんなことは一切なし。力と力のガチ対決に観客は大満足。めでたしめでたしの大円壇だった。

 
この試合、日本ラグビーもここまで進化したか...と言った、見ごたえのある大満足な熱戦だったが、ぼくが興味深かったのは試合の経過以上に、ラグビーチームスタッフの動き。たまたま座った席(記者席の端)が、通路を隔ててパナソニックのロビー・ディーン監督以下コーチ陣席の隣。それだけにスタッフの仕事振りも窺え、終始仲々に愉しいものだった。今や彼らもパソコンを駆使し展開を読み、指示を出すITラグビー時代に突入しているのだ。激しい試合だけに傷つくものも多くその交代指示など、実に目まぐるしく大変な作業。特にパナのキックチャージからトライへの一連の流れでは、監督・スタッフも絶叫、冷静さもこの瞬間は完全に失われる感もあり、横目で見ていて微笑ましくもあった。やはりラグビーは面白く愉しい。

 
もうシーズンが終了してしまう(いや2月末からはまた新たな楽しみもあるが...)のは、いささか寂しいし何よりわが早稲田ラグビーの著しい不振が残念でならない。そんなことを考えて記者会見場に行ったら、ラグビー記者の一人から今夜フジTVで、深夜深い時間に一時間特番で早稲田ラグビーを取りあげる...と教えてもらった。となればこれはなにを置いても見ないと...と言うことで夜中のスタート時まで頑張った。16年度の早稲田ラグビーはこれまでの不振を一掃する為、山下大悟新監督を迎え様々な面で改革を図った。公式ジャージーの改変、スポンサー企業の導入等など、そんなところがTVマンの興味を惹いての企画だろうが、何せ実力が伴わず帝京大に大敗、そこまではかなり忠実にフォローしていたTVクルーも、こりゃ駄目だとなって後はOBの早稲田への注文などでごまかした感のある一時間特番でいささか残念ではあったが、特番を組んでもらえるだけでも良しとしなければならないだろう。残念だがこれが現実でもある。まあ「頑張れ早稲田ラグビー」とだけ言っておこう。

 
さて今日の1曲はジャズラグビー組曲の「タックル組曲」3部に分かれたこのナンバー、世界にも珍しいラグビーをテーマにしたジャズナンバーで、作ったのは日大芸術学部の講師で、実力派ジャズボーカリストの丸山繁雄。ぼくのジャズ研の後輩で世界的にも珍しいジャズ研究で博士号を取得した才人。もう廃盤になってしまった彼のデビュー作に収められていたナンバーで、亡くなった早稲田の名フランカーに捧げられたもの。いささか見つけにくいが興味ある人は古レコード屋など探してみてください。結構いい値段になっているかもしれませんが...。
【今週の番組ゲスト: ジャズシンガー高樹レイさん、ピアニスト伊藤志宏さん、Uplift Jazz Record 江口丈典さん
M1「Smile」
M2「Clair」
M3「Naima」
M4「Over The Rainbow」