6月14日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報] [テイスト・オブ・ジャズ]
2020/06/12(金) 20:00
「テイスト・オブ・ジャズ」は6月まで日曜18:30-19:00(本放送)ほか、木曜22:30~23:00と金曜18:30~19:00で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.517~小説の中のジャズ】

  井上荒野(あれの)と言う作家ご存じだろうか...。もう10年以上前に「切羽へ」と言う作品で直木賞を取り、その他織田作之助賞・柴田錬三郎賞など数多くの文芸賞を獲得、女流作家の第一線に位置する人で、最近も雑誌などでよく見かけるので、少し本好きの方ならばご存じだろう。その彼女が自身の父親で作家の井上光晴、その美しい妻=荒野の母親、そして瀬戸内寂聴(晴美)、この3者の不可思議な関係(光晴と寂聴の長年の不倫関係がベース)を描いた作品「あちらにいる鬼」(朝日新聞出版)を、このコロナ禍の蟄居中に読んだ。前々から読みたいと思っていた作品で、鬼とは父親光晴を指しているのだが、想像していた通りに修羅を描いた凄味のある所謂「問題作」だが、透徹した彼女の視線も光る大変に面白い作品だった。残念なことに肝心の主役鬼=井上光晴自身が、今や埋もれてしまった忘却の存在だけに、思ったほどの話題を集めなかったのは残念な事(92年没、享年66才)。


 作者の井上荒野はハードボイルド作家を除くと、そのほとんどの作品を読了している数少ない作家の一人(あとはこれも女流の桜庭一樹くらい)で、恐らく現在の日本の小説家の中でもその情緒表現の巧みさでは群を抜いた存在だと思う。その上彼女の小説は中・短編が多いので読み易く、ぼくの大のお気に入り。その彼女の作品で最初に読んだのが「潤一」(2003年)。潤一と言う若い男性を巡る、その周りにいる女性達を順番に主人公として描く、所謂「輪舞」形式の作品でこの小説形式はぼくのお好みの上に、その描写の旨さ・確かさには感嘆した。その上主役の潤一はどの章にも一切登場しない、影の存在という設定も秀逸で、直ぐに荒野と言う存在に惹かれてしまい、その上父親が作家の光晴だと知って驚かされた。


 父の光晴は戦後文学を代表する一人で、今は無き新日本文学などを拠点に活躍した左翼系文学者で、ぼくの学生時代には、多くの若いファンがいた。被爆者や部落民等を扱った社会派の重厚な作品も多く、その鋭く社会を告発する作品トーンは、当時の問題意識を持った学生達に、訴えかける所も多かった。しかしその私生活は女性にモテると同時に、手当たり次第に漁り捲ると言った、曰く付きの無頼派だった様で、浮気を重ね続けその極点が当時の流行作家、瀬戸内晴美だったと言う訳。そして晴美が今の寂聴へと名前を変え、出家する動機になったのが、光晴との長い不倫関係の清算だったと言う辺りも驚く。そこら辺を赤裸々に描き出したこの作品、モデル問題で肝心の寂聴が激怒か...と思いきや、彼女はこの作品の帯に「モデルに書かれた私が読み、傑作だと感動した...」と言う推薦文を書いているのである。ここら辺もまた凄い所(光晴の葬儀の弔辞も寂聴が読んだとも言う)で、皆様も是非お読みいただきたい一冊だ。


 いささか長い前置きになってしまったが、本題「小説の中のジャズ」と言うことで...。この小説を読んでいたら(1966年~2014年までが舞台)、チャプター6:1978年~88年の冒頭に「午前0時を過ぎ篤郎(光晴モデル)とわたし(妻、荒野の母親がモデル)は、ダイニングテーブルに向かい合い、ウイスキーを飲んでいる。さっきまでキース・ジャレットのレコードを掛けていたが、針が留まったがそのままになっている...」と出て来る。この作品の中で唯一の音楽登場場面がこれで、それもキース・ジャレットとあるから、どうやらソロアルバム...ではと想像が働く。ライブものかスタジオものか...、一体彼女は何を掛けていたのか...。興味深々なのだがとかくハードボイルドの私立探偵ものでは、ジャズがかなり重要な役割を担うことも多く、それもぼくがハードボイルド探偵作品(ロバート・パーカー作品等々)を好む一つの理由でもあるのだが、こうした半私小説でそれも余りジャズなど関係ない登場人物、全体の展開の中で、突然にジャズが登場となるとちょっとびっくりだし嬉しくもなる。光晴の妻で荒野の母親は、美人で有名だったと言われるが、実際に写真で見てもかなりな美形であることが窺われる。そんな人がジャズアルバムを夜中に一人で掛けている...。何やら象徴的な場面だし、その音楽がキースだとは...。ここはクラシックでもポップスでも無く、やはりジャズそれもキースなのである。


 今キース・ジャレットは、病の床にあるとも言われ、もう長い間アルバムも出さずライブもやっていない。そんな彼だけに余計この井上荒野の小説での登場は嬉しくなってしまった...、と言う個人的なお話でした。


【今週の番組ゲスト:ピアニストの国府弘子さん】
24枚目のアルバム『ピアノパーティ』から4曲ご紹介します。

M1
Reborn
M2「ジャズ婆ちゃん」
M3「アディオス・ノニーノ」
M4「コズミック・ランデブー」