3月11日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報] [テイスト・オブ・ジャズ]
2017/03/10(金) 19:00
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.348~石原慎太郎】

 「豊洲移転への首長としての裁可責任は確かにありますよ、しかし...」「ぼくは部下に全て任せていたんだよ。その部下がハンコを押したんですよ...」「議会も審議会も承認したんだよ。専門家でないぼくがそれを承認せざるを得ないし、責任は議会や審議会にもあるんですよ...」。だれよりも憂国の志を持ったと自称する武士~慎太郎侍の言い訳の数々。さすがにTVのワイドショー出演の次男も、あの回答はまずいと苦言を呈していたが、もうこうなると老醜としか言いようない体たらく。この豊洲問題は(有能だから)週に3
日ほどしか当庁しないなどと豪語していたツケ、そしてマスコミや職員などへの恫喝、それに加え自身をアピールする大衆操作。これだけに長けていた実像がここに来て露呈してしまった感も強い。かつてのあの暴力青春小説「太陽の季節」に象徴される、権威を打破する価値紊乱者、石原慎太郎の面影やまるでなし。選挙演説などでは「あの裕次郎の兄、慎太郎です...」などと常に前振りをしていたとも言われるが、マイトガイの弟も泣いている...。

 
ところでぼくは彼にこれまで2度ほどインタビューをしている。一度目はもう40年以上前のことで、当時「ラジオたんぱ(現ラジオ日経)」には政党の時間と言う政治番組があり、当時の自由党や社会党などの各政党がスポンサーになって、自己アピールをする番組だった(筈である)。そこで担当の先輩ディレクターが当時売り出しの若手政治家、慎太郎先生にその政見を聞きに行くということになり「お前も彼のファンの一人だろうからインタビューをしろ...」などと言われ、止む無く聞き手を務めることになった。確か当時の議員会館でのインタビューだったと思う。慎太郎先生は態度こそデカいが、見栄えも良く若々しくある種の理想主義者的意見も開示(後年はその片鱗もなくなってしまったが...)、ぼく自身は自由党大嫌いながらも...この男なかなかやるなーと言う感じは確かにあった。
 そしてもう一度はそれから数十年後、絶大な権力を握る都知事として台湾特番で意見を述べて欲しい...と言う、台湾政府の意向を受け都庁に向かうことになった。週に数日しか当庁しない彼を捕まえることは大変に難しい作業ではあったが、それもどうやらクリア、知事室で彼に30分ほど時間をとってもらい色々聞いてみた。その細部については覚えていないが、何より困ったのは中国のことを「支那、支那」と呼び続けること。今や死語になったこの支那。載っていない辞書もあるほどのこの言葉、「戦前、日本が中国を呼ぶ時の蔑称」と表記にあり完全な死語。この単語を得意そうに連呼する彼を見ながら、これは全くダメな虚勢男だと思ったが、案の定今回の件でそれが露呈されてしまった。この慎太郎侍とあの森友学園の園長とはどこかで間違いなく通じ合っているはずで、いまや日本の闇・膿がじわじわと染み出してきた感も強い。そして海の向こうでも、トランプがあの悪名高き人種差別団体KKK(クー・クックス・クラウン)を闇から蘇らせたような危険な事態が着々と進行しつつあり、そんな危機の時代の中にいることを忘れてならないだろう。


 
それにしても石原慎太郎、文学者としては唯一評価されるべきことがある。あの「太陽の季節」の次かその次に書かれた短編「ファンキー・ジャンプ」。今書庫を探してもその本が見つからないのだが、これは間違いなく日本が生んだ最高のジャズ小説の一つ。スリリングにジャンプ(飛翔)するジャズミュージシャンの心情を、見事に描き出した傑作。小説の「ファンキー・ジャンプ」、そして漫画の「ブルー・ジャイアント」(現在連載続行中)。この2作品はJ-ジャズ文化の一つの頂点だと思う。それを生み出した慎太郎も多いに誉めるべき所はあるのだ。それにしても惨めなり現在の老醜・慎太郎侍。あの頃の意気込みを取り戻せ。
【今週の番組ゲスト:ジャズボーカリストのFUKUMIさん】
M1Windmills Of Your Mind
M2Moon In Paris
M3What Are You Doing The Rest Of Your Life?
M4Yesterday When I Was Young