4月1日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017/03/31(金) 19:00
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.351~惨事に遭遇】

  これまでにも何回か交通事故には出会っている。接触事故などそれほどたいした事故ではなかったし、これからもそうした事故に巻き込まれることもないのでは...などとも思っていたが、それは大間違いだった。先日伊豆の山奥のハイウエイ、箱根から天城山に至る長い山岳道路、伊豆スカイラインでその事故は起きた。その日伊東から修善寺方面に山を登り、箱根方向に向かうため冷川IC
からスカイラインに入った。平日なので車は少なく伊豆の山々の山頂を走り抜ける快適な走行、40分ほど走り前方はカーブ、すると山影から軽ワゴン車がかなりなスピードでよろよろと蛇行して走って来る。危ないとみるとガードレールに接触したように見え(実際にガードレールにぶつかっていた)次の瞬間猛スピードでこちらに向かってくる。その間20メートルほど、こちらはよける間もなく正面衝突。

 
一瞬何が何だかわからなかったが、危うく外に飛び出した。車にはきな臭い匂いが漂い燃え上がるのかも...と言った心配もあり、身体の方も首や胸が痛い。車は前の半分近くが壊れ完全に使い物にならない。どうにか起き上がって車外に出て相手の車に抗議に向かうが、運転手は意識もうろう。年令を聴くとなんと82才だという。どうやら運転の間意識も飛んでいたようで謝りもしない。地元の伊豆市の男性だが、ここはよく走るのだから年齢は関係無いなどと呟いている。伊豆の山中それも平日の午前。通る車もなく携帯も見つからず救急車、警察も呼べない。10数分立ち往生しているとようやく一台のバイクが来て、若いライダーが双方に連絡を取ってくれたが、山深いハイウエーとあって救急車・パトカーも待てども来ない。そのまま1時間余り。ようやく救急車到着、首と肋骨が痛いと説明すると首には予防器材をまかれそのまま山を下りる。どちらに向かうのかと聞くと伊東の市民病院だとのこと。来週にあるジャズ講座やいくつかの会合などあるのだが、これでは無理だと思っても先方に連絡も叶わない。30分ほど走ってようやく伊東市民病院に着き、急いでレントゲン写真などを取り医師の診断。骨などには異常はないとのことでどうやら一安心だが、あくまで救急診療なので東京に戻って本格的に診てもらって欲しいとのこと。その上ハイウエーの事故現場では交通課の警官ともほとんど話も出来ていない。警察の管轄は山を越えた中伊豆側の大仁警察だとのことで、病院が終了したらそちらに来て事故処理をして欲しいとのこと。救急病院を出ると今度はタクシーで伊豆の山越えをして大仁警察まで...。警察では相手の爺さんが全面的に悪いとのことで、こちらは少し事情を聞かれただけだが、どうも腑に落ちない。もっと現場で爺さんを問い詰めればとも思ったが、その時はまず自身の心配でそれどころではない。警官からは相手をどう思うかと聞かれ「絶対に許せない」、「警察に任せる...」など幾つか質問があり、絶対に...とも思ったものだが、生来の気の弱さも出てしまい、警察に任せるというトホホな返事を選択してしまった。

 
事故発生が朝の10時半前後、大仁の警察を出たのがもう夕方深く。警察からはタクシーで近くの大仁駅に向かい、その後私電で三島駅に出て新幹線で東京へ、帰宅したのはかなり深い時間。丸々一日のとんだ災難で、新幹線でもあの爺さんにどんな恨み言を...などと考えても後は保険会社の担当との交渉でもう顔を合わせることもないし、あの男がどこの病院に行ったのかすら分からない。判然としないまま翌日は立川の大病院に...。まあ大きな怪我ではなかっただけ儲けもの...とでも諦めるしかないし、これで一つの「厄も落としたのかな...などと考えるのが精一杯。この文章を書いている間も未だ節々が痛いのだが...。この落とし前どう付けてくれるのか。今はジャズを聴くことすら考えられないのだが...。

【今週の番組ゲスト:新年度最初はジャズ入門。ゲストは音楽評論家の富澤えいちさん】
M1 Fields of Joy DAVID FRIESEN 」
M2Welcome/Bulls Theme  MARQUIS HILL
M3S. Ⅳ / SLAWEK JASKULKE」
M4PIANO CRAZE H ZETTRIO'」
M5「夢幻舞踏組曲から II 前足 / 佐藤芳明・伊藤志宏」



3月25日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017/03/24(金) 19:00
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.350~西成ジャズ】

 関西の中心地、大阪の街で最もディープにして今注目の地域と言えば、通天閣や釜ヶ崎を含む西成地区と言うことになるだろう。ぼく自身はこの一帯に行ったことは数度ほど、決して知っているとは言えないのだが、先日NHKのBS放送を見ていたら、いつもは東京ディープと言う東京の深面白い(ディープ)地域を探る番組が、その回だけ大阪ディープに変更され、大阪出身の若手俳優が案内役で、この地域を探訪する番組に変わっていた。何気なく見ていると通天閣周辺の商店街の特色ある店(ぼくのような東京人にとっては興味深いものばかりだが)がいくつか紹介され、続いてこの地域を強烈に印象付ける釜ヶ崎(あいりん地区)の歴史が紹介された。かつての釜ヶ崎暴動などの騒乱事件の映像も流れ、久々に少しばかり血沸き肉躍る感じもあったのだが、この荒れた地区も今ではかなり落ち着きのある地域へと変わりつつあるとのこと。日雇いの労働者の人達が泊まる木賃宿などとも言われた、簡易宿泊施設もかなり小奇麗に改善され,その宿泊料金の安さや大阪独特のディープな雰囲気も相まって、外人旅行客にも大人気だとのことで、インタビューに答える外人たちも実に愉しそうだった。
 そしてこの地域のすぐ近く、長い間放置されていた大きな空き地が少し前から売りに出ていて買い手が付いたとのこと。その買い手とはあの各地でホテル展開をしている星野リゾートで、どうやらこの地にシティーホテルを建てる計画だと言う。そうなればこの辺りも大きく様変わりするで、小洒落た街に変身と言うことになってしまうかもしれないが、大阪人へのインタビューでもそこら辺を歓迎する人、拒否する人など意見も様々。実際この一帯がどう変わっていくかは、ぼくのような東京人にとっても大いに興味ある所でもある。

 とここで余計な話を一つ...。今受けにいっている星野リゾートの社長の本宅は、なんとぼくの追分の山荘の一軒置いた隣、つまり社長は隣人だということ。まあそれがどうしたと言う訳だし、今は東京がメインで東京にも自宅を持っているとも聞くが、あのカルロス・ゴーンの秘書をしていたという社長夫人の姿は、ときどき散歩の際に見かけることもある。またこの社長がこの追分の自宅を手に入れた面白裏話のあるのだが、それはまた別の機会に...。

 まあずらずらと書き連ねてきたが、これからが今回の本題。その西成地区の新たな動きとして紹介されていたのが「西成ジャズ」。これはこの地域の一杯飲み屋(立ち飲み屋が多い)数軒で行われているジャズライブのことを指す。「難波屋」など多くの飲み屋は、ジャズライブを始めるまでは普通の狭い立ち飲み屋だったということだが、ライブが始まってからは大阪をはじめ関西各地からこのライブを聴きに来る客も増え、今や西成の名物になっているのだと言う。松田順司と言う結構なベテランのドラマーの人がメインで、彼の呼びかけで関西拠点のジャズメンたちが集まり、セッションが開かれているようだ。演奏とボーカルも少し聞いたが(臼井さんと言う女性シンガー)なかなかの熱気ものだった。日雇い労務者の人たちもグラス片手に体を揺すっており、高級クラブやレストランなどで聴かれる、乙に澄ましたジャズ演奏ではない、生身の血が滾るソウルフルなジャズに感心させられた。果たして西成ジャズと言う言葉、関西圏で実際の市民権を獲得しているのかはしかとはしないし、未だ西成ジャズとしてのアルバムも登場はしていないので、番組で取り上げるのはいささか難しいかもしれないが、実際の音としてCDが上がった時にはぜひ皆様にも紹介したいと思っている。日常生活の高級BGMになってしまった今のジャズに対しての強烈なアンチテーゼとしてのジャズが、ここにはある感じもする。どうか頑張ってこのジャズ、盛り上げ続けていって欲しいものである。。

【今週の番組ゲスト:ジャズのお勉強、先生は音楽評論家の青木和富さん】
M1「チンライ節 / キングノベルティーオーケストラ」
M2How High The Moon / 江利チエミ」
M3Donna Lee / 秋吉敏子」
M4Sunny / 笠井紀美子 ウイズ 大野雄二トリオ」


FUKUMIさんと一緒に。

20世紀日本ジャズ大系(キングレコード)」
3月18日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017/03/17(金) 19:02
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.349~エノケンと笠置シズ子】

  いささか不思議なことかも知れないが、我が国のジャズライターや編集者などいわゆるジャズ関係者のほとんどが、戦前のジャズ即ち日本のジャズ(J-ジャズor和ジャズ)創成期の頃のことを知らないし、関心もないようである。こう書いているぼく自身も、かつてはそうだったので余り偉そうなことも言えないず関心は無かった。現在この戦前=創成期のことを知っているのは、ジャズ業界の先輩で90才を超えた今なお、現役でバリバリとライブ現場などにも顔を出している瀬川昌久さん位なもの。その他はジャズ関係者ではなく、歌謡曲の歴史や大衆演芸史などを研究している研究家やジャーナリストなどと言った所になってしまう。かつて油井正一さんや野口久光さんなど、業界のオーソリティー達がご存命の折には、自身の実体験としてもここら辺の音楽=ジャズについて語ってくれたものだが、今は瀬川氏頼み。彼は本職は銀行マンで、昭和20
年代のNY駐在時代にモダンジャズの創始者、バードことチャーリー・パーカー、そしてレディー・デイ=ビリー・ホリディ―の生ライブを現地で体験したという日本人では貴重な存在。

 
ぼく自身はあの大ヒットした自由劇団の芝居「上海バンスキング」で、ここら辺のジャズソングに興味を抱き、主演の吉田日出子さんが真似をしたという戦前のジャズスター川畑文子(ハワイ出身の日系2世で、日本に里帰りしその愛くるしい容姿で、アイドル的な人気を博した)、彼女の存在を知り一時その魅力に惹かれた訳だが、それ以降は関心も薄れてしまった。それがひょんなことから都内某区の教養講座「ジャズの面白さ(仮)」を引き受ける羽目になってしまい、苦し紛れに思いついたのが日本のジャズ。今年は丁度ジャズレコード誕生100周年(ODJB=オリジナル・デキシー・ジャズ・バンドが最初のジャズアルバムを吹き込み100年目)にもあたり、ここらでひとつ日本のジャズにも目を向けても...などとも考え、これをテーマにしたのだが、その1回目が戦前=創成期のジャズ。家に関連アルバムも結構あるはず等とCD、レコードの山を探したのだが、誰かが持って行ってしまったのか、とんと見つからない。講座の当日は迫るし、かなり焦りまくって知り合いなどを総動員、川畑文子やディック・ミネなどと言った歌手の関連音源をかき集め、再度ここら辺を勉強した。

 
ところでわが国で初めてジャズアルバムが吹き込まれたのは、ODJBの初吹込みがあってから6年ほど後の大正末期。そして昭和の初めに二村定一と言う歌手(浅草オペラのスターだった)が、「アラビアの唄」「青空」と言うジャズソング(小唄)2曲を正式に吹き込み、これが数十万枚の大ヒット(今では考えられませんね)。なんとバックは慶応大学生バンドが務めたというこの2曲、日本でもジャズソングブームが始まったと言う次第。ここからディック・ミネ(「ダイナ」の大ヒット曲を誇る)、川畑文子などが登場、スイングダンス大流行と共に昭和初期の日本ジャズエイジが現出されていき、頂点に達するとともに、遂には第2次世界大戦が勃発し、ジャズは敵性音楽として弾圧を受ける...という悲惨な末路を辿るのだが、その間にも戦前のジャズ界は世界に誇りうる天才2人を生み出している。それがエノケンこと榎本健一と笠置シズ子。

 
今は残念なことに、知る人もいなくなってしまったこの2人。エノケンこと榎本健一は日本の喜劇王と呼ばれた人気喜劇役者兼歌手。一方笠置の方は「東京ブギ」の大ヒットをはじめ数々のブギソングで、終戦直後の日本を明るく照らした歌う大スター。エノケンは二村定一と浅草の舞台で共演したこともあるが、全く独自の歌い口と解釈によるスタンダードソング(「青空」「南京豆売り」「雨に唄えば」等々)のエノケン流焼き直し歌謡で、世界にも稀なジャズソングを作り上げた天才。「俺は村中で一番...」の歌詞で知られる「洒落男」が最も有名だが、まあこんな歌い手世界中どこにいません...と言った唯一の存在。その上少しも本場のジャズシンガーの真似をしようなどと言う、媚びた考え・姿勢も一切ない潔さ。ただ残念なことにこの天才の音源は現在全て廃盤。彼の音源を集めるのに今回相当苦労したが、これは文化的ロスとして考えないといけない問題。

 
一方の笠置シズ子は、戦前・戦後のジャズ&ポップ歌謡の大立者、服部良一の「ラッパと娘(1934年・昭和14年)」で本格デビュー。その後戦後直ぐに服部良一の一連のブギソングで一世を風靡することになるのだが、このデビューのジャズソングでの才能が素晴らしい。日本最初のスキャット唱法も取り込み、豪放に大胆にスイングし、バックのバンドと本格的なコール&レスポンスを展開する。正に胸のすくような快唱で、こんな歌手が戦前にいたとは...。あっと驚く天下一品の歌いっ振りである。

 まあこんな調子で戦前のジャズについて一席ぶったわけだが、この講座の模様はまたお伝えしようと思う。皆様はもし興味を持ったらば、取りあえずエノケンと笠置シズ子、この2人の唄だけでも聴いてみてください。音源探しが少し大変かもしれませんが...。
【今週の番組ゲスト:ベーシストの金澤英明さんとピアニストの栗林すみれさん】
アルバム『二重奏』から
M1「Mary Hartman,Mary Hartman」
M2「Halu」
M3「RAKUYO」
M4「All The Things You Are」

3月11日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017/03/10(金) 19:00
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.348~石原慎太郎】

 「豊洲移転への首長としての裁可責任は確かにありますよ、しかし...」「ぼくは部下に全て任せていたんだよ。その部下がハンコを押したんですよ...」「議会も審議会も承認したんだよ。専門家でないぼくがそれを承認せざるを得ないし、責任は議会や審議会にもあるんですよ...」。だれよりも憂国の志を持ったと自称する武士~慎太郎侍の言い訳の数々。さすがにTVのワイドショー出演の次男も、あの回答はまずいと苦言を呈していたが、もうこうなると老醜としか言いようない体たらく。この豊洲問題は(有能だから)週に3
日ほどしか当庁しないなどと豪語していたツケ、そしてマスコミや職員などへの恫喝、それに加え自身をアピールする大衆操作。これだけに長けていた実像がここに来て露呈してしまった感も強い。かつてのあの暴力青春小説「太陽の季節」に象徴される、権威を打破する価値紊乱者、石原慎太郎の面影やまるでなし。選挙演説などでは「あの裕次郎の兄、慎太郎です...」などと常に前振りをしていたとも言われるが、マイトガイの弟も泣いている...。

 
ところでぼくは彼にこれまで2度ほどインタビューをしている。一度目はもう40年以上前のことで、当時「ラジオたんぱ(現ラジオ日経)」には政党の時間と言う政治番組があり、当時の自由党や社会党などの各政党がスポンサーになって、自己アピールをする番組だった(筈である)。そこで担当の先輩ディレクターが当時売り出しの若手政治家、慎太郎先生にその政見を聞きに行くということになり「お前も彼のファンの一人だろうからインタビューをしろ...」などと言われ、止む無く聞き手を務めることになった。確か当時の議員会館でのインタビューだったと思う。慎太郎先生は態度こそデカいが、見栄えも良く若々しくある種の理想主義者的意見も開示(後年はその片鱗もなくなってしまったが...)、ぼく自身は自由党大嫌いながらも...この男なかなかやるなーと言う感じは確かにあった。
 そしてもう一度はそれから数十年後、絶大な権力を握る都知事として台湾特番で意見を述べて欲しい...と言う、台湾政府の意向を受け都庁に向かうことになった。週に数日しか当庁しない彼を捕まえることは大変に難しい作業ではあったが、それもどうやらクリア、知事室で彼に30分ほど時間をとってもらい色々聞いてみた。その細部については覚えていないが、何より困ったのは中国のことを「支那、支那」と呼び続けること。今や死語になったこの支那。載っていない辞書もあるほどのこの言葉、「戦前、日本が中国を呼ぶ時の蔑称」と表記にあり完全な死語。この単語を得意そうに連呼する彼を見ながら、これは全くダメな虚勢男だと思ったが、案の定今回の件でそれが露呈されてしまった。この慎太郎侍とあの森友学園の園長とはどこかで間違いなく通じ合っているはずで、いまや日本の闇・膿がじわじわと染み出してきた感も強い。そして海の向こうでも、トランプがあの悪名高き人種差別団体KKK(クー・クックス・クラウン)を闇から蘇らせたような危険な事態が着々と進行しつつあり、そんな危機の時代の中にいることを忘れてならないだろう。


 
それにしても石原慎太郎、文学者としては唯一評価されるべきことがある。あの「太陽の季節」の次かその次に書かれた短編「ファンキー・ジャンプ」。今書庫を探してもその本が見つからないのだが、これは間違いなく日本が生んだ最高のジャズ小説の一つ。スリリングにジャンプ(飛翔)するジャズミュージシャンの心情を、見事に描き出した傑作。小説の「ファンキー・ジャンプ」、そして漫画の「ブルー・ジャイアント」(現在連載続行中)。この2作品はJ-ジャズ文化の一つの頂点だと思う。それを生み出した慎太郎も多いに誉めるべき所はあるのだ。それにしても惨めなり現在の老醜・慎太郎侍。あの頃の意気込みを取り戻せ。
【今週の番組ゲスト:ジャズボーカリストのFUKUMIさん】
M1Windmills Of Your Mind
M2Moon In Paris
M3What Are You Doing The Rest Of Your Life?
M4Yesterday When I Was Young

3月4日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [「テイスト・オブ・ジャズ」プログラム情報]
2017/03/03(金) 19:00
テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.347~2017mの山そしてまたひとり】

 以前月に数回は山行をしていた頃は、山岳写真家や山のエッセイスト、ヤマケイ(山と渓谷社)のお偉いさん~ヤマケイ協力の番組もやっていた関係、そしてトレッキングサークルの面々等々、本当に色々な連中と山に入ったものだった。まあこんなことを言うといかにも凄そうだが、実際は年に数回アルプスに行く程度で、あとは同行のメンバーの車で関東・信越の山に入るぐらい。決して威張れたものではないが、関東周辺の名だたる山はほとんど全て踏破しているほど、良く山行したもので、その帰りは温泉と決まっており、温泉の数もかなり稼いだものだった。それが60才を超えたころから、温泉探訪は別として山にはめったに行かなくなってしまい、年に数回仲間と山行をするくらい、足腰の衰えもオールドボーイならではの顕著なものになってしまった。これではいかんと思い直し、大学時代の仲間に頼むと早速案を出してくれた。

 
その案とは東京都の最高峰、雲取山トレックである。ジャズ研のクラブ先輩や同期の仲間など(不思議なことにジャズ好きであると同時に山好きでもある)数人との、気の置けない山行である。この山行、もともとはあの東日本大震災の週に実施されるはずのものだったが取りやめ、今回ようやく実現したかたちで因縁深いもの。その上今年は2017年、そして雲取山も海抜2017メートルの高さを誇り、どうやら17年の山としても脚光を集めているのだとも聞く。それはグッドではないかと言うことになり、三条の湯で一泊し、翌日雲取に登る計画と決まった。1日目は立川駅から青梅線に乗り終点の奥多摩駅でバスに乗り換え、雲取山の麓の三条の湯に向かう。三条の湯は山深い渓谷の奥にある秘湯で、PH10.2と言う高いアルカリ濃度を誇る。バス停を降りてから林道をひたすら歩くこと3時間半、ようやく辿り着ける山中の秘湯(鉱泉)だが、長い時間を掛けるだけの価値は充分、ぼく自身、三条の湯は今回で3回目。10数年振りの再訪になる。以前ならば三条の湯までかなり楽ちんに着いた筈なのだが、やはり年を重ねるとそうもいかない。

 
雲取山に登るのは今回が5回目、なまじ昔の登山経験があると失敗する。この時期の山行はなんと言っても冬山なので、それ相応の準備も必要なのだが、以前の経験もありそれなりにこなせる...などと甘い考えだったが、これが大間違い。事前にアイゼンももう少し高価な6本爪を買っとけば良かったのに、ほとんど雪山に来ることも...などと考え、簡易アイゼンにしたのが大間違い。雪はさほどないのだが狭い山道の日の当たらない所はバリバリのアイスバーン。以前ならばなんてこともなく通り過ごした山道も立ち往生、その上簡易アイゼンは肝心な時に外れてしまったりで役に立たない。しりもちをつきながらどうにかやり過ごしたが、仲間から「お前息も絶え絶えじゃないか...」と揶揄される始末。昇り降り全て8時間余り、以前ならば1時間は短く行けたはずなのだが...。そのおかげで最終バスにも乗り損ね、奥多摩駅までタクシー、温泉に入ることも叶わないトホホの山行、家に辿り着いた時は本当にホッとしました。やはりオールドボーイになればなるほど、山を舐めてはいけません。今回の大教訓でした。

 
そして家に着くと訃報が待っていた。かなり長いこと患っていたピアニストの辛島文雄が亡くなったという知らせ。享年68才。大分出身の音楽一家(父は大分大教授、兄弟も芸大教授など)の彼は、名門九州大学卒業後上京して様々なバンドで腕を磨き、日本逗留中(麻薬使用容疑で帰国できず)にあのレジェンドドラマー、エルビン・ジョーンズに才能を認められ、彼のバンドに参加、ワールドツアーなど華々しい活躍をした。以降は自身のトリオなどで、日本を代表するジャズピアニストとして人気を博した。日本人離れしたダイナミックなプレーは今の時代にはいささか熱すぎると敬遠される向きもあったが、素晴らしいピアニストだった。数年前からがんを患い、闘病生活が続いていたのだが...。辛島は新しいアルバムを出すとほぼ出演してもらったが、最後に顔を見せたのは数年前のこと。その頃から幾分調子も悪そうだったが、スタジオに来れば快活に振舞い、ユーモアたっぷりに昔の仲間達の逸話などを聞かせてくれたものだった。今月の14日には池田篤などを従え新宿ピットインで医師の許可を得てライブを敢行、これがラストステージになってしまった。
 
山から帰宅してかなり疲れてはいたが、辛島のアルバムを...と思って、CD棚からエルビン・ジョンーズとの『ムーン・フラワー』、ハーモニカの名手トゥーツ・シールマンスを迎えた『ウイズ・シールマンス』を取り出し聴いてみた。心に沁みました。合掌!
【今週の番組ゲスト:ベーシストの井上陽介さん
M1「Watch Out」
M2「Agua De Beber」
M3「Fragile」
M4「Birdland」