7月8日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [テイスト・オブ・ジャズ]
2021/07/08(木) 19:00 番組スタッフ

テイスト・オブ・ジャズ」は、毎週木曜22:30~23:00(本放送)と金曜18:30~19:00(再放送)で放送中。番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.573~原信夫死す】

  長年日本のジャズ界~ビッグバンド界を牽引してきた生きる日本ジャズ史とも言える存在、最長老の一人でもある原信夫氏が亡くなった。享年94才。合掌!

 原さんはテナー奏者だったが、それ以上に日本のビッグバンドの象徴とも言える「シャープス&フラッツ」のリーダーとして、長い間余りにも有名な存在だった。1951年バンド開始だから、60年以上のバンド歴で、やはり昭和ジャズ&歌謡の良き時代が終わった感も強い。彼のフルバンド「シャープス&フラッツ」が活動を停止してもう10年余り、そして今やTVなどのポップス&歌謡番組でも、フルバンドなどがバックを務めるシーンなどは、ほぼ皆無になってしまった。確かシャープスはNHKの紅白歌合戦のバックバンドも長い間努めていた筈だが、もうそれも遠い昔の話。それだけに今や彼及びシャープの存在を知るのも、少数派になってしまったが、本当に残念なことだし、寂しい限りである。

 ぼくがジャズと言うもの~モダンジャズと言うよりもアメリカのポップス音楽=ジャズだった時代、そうした外来音楽=ジャズに関心を持ち始めた頃から、シャープスは美空ひばり、江利チエミなどの昭和歌謡(&ポップス)のバックバンドとして、高い実力と人気を誇っていた。バンドリーダー&サックス奏者としてだけでなく、彼は作曲も手掛けておりその代表作は美空ひばりが唄って大ヒットした「真赤な太陽」。この歌のバックバンドは当然シャープス"だったが、「真っ赤に燃える太陽だから...」なんとも麗しくも懐かしい歌ですね。

 原さんが我がジャズ番組「テイスト・オブ・ジャズ」に登場したのは、もう40年以上前の彼の全盛時の頃。前任の故木全信さんがビクターレコードに転身、彼が原さんのアルバムディレクターを担当、そこで彼がスタジオに引っ張ってきたのが、原さんとの最初の出会いだった。担当して以来ジャズ番組に迎える初大物と言うことで、その時はかなり緊張したことをよく覚えているが、日本のジャズ界を代表する大物ながら、その気さくな物言い・態度にも強く惹かれたものだった。
 その後大学の後輩のサックス奏者、佐藤達哉君がバンドのバンマス(リーダー)を務めるようになり、何回かコンサートなどにも足を運んだし、バンドのラスト・コンサートのヴィデオ制作は敬愛する先輩の大プロデューサー、河内要氏が原さん直々の頼みで担当、そんな縁もあって原さんの動向は大いに気になっていたのだが、やはり天寿を全うされた形になってしまった。

 そう言えばジャズが最も人気だったのは、スイングジャズの全盛時。ベニー・グッドマンやグレン・ミラーのバンドが人気を得ていた頃で、それを日本で引き継いだのが原さんなどのフルバンドで、シャープスなどの他に東京ユニオン、スマイリー小原のビッグバンドなど、TVの画面を彩る人気バンドが数多く存在しており、それらをバックにひばりやチエミ、後輩の中尾ミエや伊東ゆかりなどが、愉し気にTVの中で歌い踊っていた。昭和そのものとも言えそうな平和で良き時代だった。なんとも懐かしいですね。

【今週の番組ゲスト:フリーランスプロデューサーの田中英俊さん】
イタリアのレーベル「CAM JAZZ」の復刻・発掘企画から
M1「古き友ら / Antonio Faraò」『WOMAN'S PERFUME』より
M2「Arena /  Antonio Sanchez」『MIGRATION』より
M3「Chick Came Around  / Lee Konitz」『IDEAL SCENE』より
M4「Nuovo Cinema Paradiso / Enrico Pieranunzi, Marc Johnson, Joey Baron」 『Play Morricone 1 & 2』より




 

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