7月30日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [テイスト・オブ・ジャズ]
2016/07/29(金) 19:00 番組スタッフ
「テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、各曜日で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.316~巨泉さん逝く】

 我らがジャズ番組「テイスト・オブ・ジャズ」では、この4月から月終わりにジャズ評論家の青木和富氏に登場いただき(はるか富士山山麓から毎回足を運びご苦労さんです)、ジャズのお勉強と言うことでジャズの歴史を振り返りつつ再度ジャズを体系的におさらいしてみようと言う教養講座を開催しているが、今回のテーマはクール・ジャズ。盲目の鬼才ピアニスト、レニー・トリスターノを主軸に、その俊才白人門下生たちが集まったクール・スクール(=別名トリスターノ学派)でリー・コニッツやウオーン・マーシュ等々が指導を受けた、意欲的で実験的、冷徹な(クール)表情を持ったこのクール・ジャズ。特に師匠格のトリスターノの演奏は、ビル・エバンスを通し今のピアニスト達にもある種の影響を与えているとも言えるもので、今聞いても中々に新鮮な響きがあり、そこら辺を和富氏に解説頂く。

 
ところで7月初めの永六輔さんに続き、ガン闘病中だったタレント、巨泉さんの愛称でおなじみの大橋巨泉氏が亡くなってしまった。
 
早稲田大の学生時代からジャズ評論やジャズ・コンサートの司会を務め、ジャズ界きっての才人だったが、ジャズは金にならないと早々と見切りをつけ(当時のジャズ雑誌「スイング・ジャーナル」の原稿料は無きが如しと語ったのは知る人ぞ知る話)、放送作家、テレビ司会者とキャリアアップを図り、TV界を牛耳る最も有名な放送界のドンの一人となり、政治家にまで上り詰めた人だった。ぼくは巨泉さんとの番組でのお付き合いは2度ほど。一回は彼と同期の昭和9年会の特別番組。これは昭和9年生まれの有名人たち100数人の集まりで、藤村俊二、長門裕之などかなり多士済々の面々が集まっていた。この会の周年記念で何か特番を...と言うことになり、巨泉さんの音頭だと思うが2時間余りの特別番組を企画したことがあった。そしてもう一回はこれも今は亡きジャズ評論家、岩波洋三さんとのジャズ特別番組でゲストに来てもらったとき。当時最も高いギャラを取っていた巨泉さんに、お礼のギャラなど払えるわけもなかったが、当時彼が編集したジャズボーカルの本(岩浪氏と共著だったはず)に関係して、色々とボーカルのうんちくを披露してもらったと思う。

 
彼は早稲田の学生時代に当時最も売れっ子だったマーサ三宅さんと親しくなり、ちゃっかりと彼女と結婚。姉さん女房のマーサさんの紹介で、物書きや放送と仕事を拡げて行ったシンデレラボーイでもあった。ぼくはマーサさんとはアルバムプロデュースなどもやらしてもらい、親しくしてもらっているだけに彼女の肩を持ってしまうが、巨泉と言う男、中々に憎めない目端の利く若者だったようである。しかし売れてくると...と言うことで、マーサさんから一転若い美人女優(鈴木清順監督の名作「喧嘩エレジー」のヒロイン役)に乗り換えてしまい、以来成功の道まっしぐらと言った感じだった。マーサさんとの間には2人の娘さんがおり、2人ともジャズボーカリストとして活躍。数年前には巨泉さんとデュオアルバムなども出したりしていた。しかし病気が見つかってからは闘病生活が厳しかったようで、最後には週刊誌の連載エッセイも止めてしまった。悪しき時代に向かいつつある世相に、厳しい警鐘を鳴らす含蓄ある好エッセイだけに、大変に残念だった。

 
ジャズについて彼は、ボーカルの権威、白人の美人系ボーカリストがお好みで、独特な視点を持ったユニークなボーカル論を展開、その見解は今でもかなりな意味合いを持っている。ただやはりエンターテインメントの人、尖がった演奏物などは拒否といった頑なさもあったように思える。
 
いずれにせよ巨泉・六輔。この2人の偉大な反骨の人にして、偉大なマスコミ・ラジオTV文化人達の魂に合掌!
【今週の番組ゲスト:音楽評論家の青木和富さん】
M1「Progression/Lee Konitz」
M2「Line Up/Lennie Tristano」
M3「There Will Never Be Another You/Lee Konitz」
M4「Move/Miles Davis」
 

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