7月14日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [テイスト・オブ・ジャズ]
2018/07/13(金) 19:00 番組スタッフ
「テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、土曜曜22:00~、日曜22:30~で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.419~カズオ・イシグロ】

 ノーベル賞がまさかのセクハラ疑惑騒動で大揉め、その主因だったらしいノーベル文学賞、今年は受賞無しとなりこれからもその存続すら危ぶまれているとも聞く。ここでの一番の問題は、わずか数名それも何年も同じ面子の委員で賞が決められて来たと言う、圧倒的な賞決定の閉鎖性かも知れないが、そんな連中が決めた賞にこれまで一喜一憂して来たのか...となると、なんとも虚しくもなるし馬鹿らしくもなってしまう。特にここ数年は常に文学賞の最有力と言われ続け、世間的には無名とも思われる作家が、次々に彼を追い越していってしまった村上春樹で、世界的な拡がりを持つその応援団にとっても、やりきれない無念な思いが残るに違いない~肝心の春樹氏自身はノーベル賞狂騒曲から逃れ、むしろホッとして居るかも知れないが...。

 さてこのノーベル賞を春樹氏よりも早く手にしてしまった一人の日本人作家がいる。と言っても彼の国籍は英国で英国作家なのだが、勿論純生日本人である。カズオ・イシグロである。代表作「日の名残り」が英国最高のブッカー賞に輝き、アンソニー・ホプキンス主演で映画化もされ話題を呼んだし、「わたしを離さないで」は綾瀬はるかの主演でTVドラマ化された...と言う具合に、かなりポピュラーな存在ではあったが、ノーベル賞受賞によりその作品も再度話題を集め、かなり売れ行きを伸ばしたとも聞く。この彼の作品の翻訳権全部を所有するのが、海外ミステリーなど翻訳本に強い早川書房で、伸び悩み気味の出版業界では、昨年最大の話題を集めたのも記憶に新しい所。


 カズオ・イシグロと村上春樹。現在世界文学の中心に位置するこの2人は同世代で、春樹の方が5才ほど年上。日本人で同世代と言うことだけでなく、2人にはその透明感溢れる蠱惑の文体、その文章の心地良いリズム感など共通する点も数多くある。中でもそのリズム感だが、これは2人のジャズ好きが大いに関係しているのでは...とぼくは密かに睨んでいる。春樹の方は国分寺と千駄ヶ谷で「ピーター・キャット」と言うジャズ喫茶を実際にやっていたし(ぼくもこの店に通い一応春樹氏と顔見知りではある)、イシグロの方はなんとジャズミュージシャンを目指していたが挫折...と言う経歴の持ち主。
 春樹とジャズ、この関係は余りにも有名で作品にもよく登場するし、ジャズエッセイ集なども刊行し好評でもある。
 一方イシグロの方は長編作品が多く、その中にジャズ関連の単語などはあまり見られないが、唯一とも言える短編集「夜想曲集」は、「音楽と夕暮れをめぐる5つの物語」という副題が付くぐらいだけに、ジャズにまつわる好短編もいくつかある。その一つがあのハロルド・アーレン作曲、ジョニー・マーサー作詞の名コンビによる、有名なスタンダードソング「カム・レイン・オア・カム・サンシャイン=降っても晴れても」をタイトルにしたもの。主人公はミュージシャンでは無いがスタンダードソング好きでレコード収集が趣味の教師、現在はスペイン在住。その親友とその妻(彼女も大のスタンダード好き)のロンドンの家を、彼が久しぶりに訪ねそこで起こる出来事をまとめたものだが、そこで重要な役割をするのがタイトル曲をはじめとしたスタンダードソングの数々。こうした設定の短編は春樹にもありそうなもので、ジャズをメインにした音楽を通じて、イシグロと春樹と言う2人の作家の類似性・共通性を窺わせる所も少なくない。長編は一寸と...敬遠気味な皆様にもこの「夜想曲集」は是非お薦めの一冊だし、カズオ・イシグロと言うノーベル賞作家を知る入り口にもピッタリだと思う。

 ところでイシグロはジャズ好きと言うよりもミュージシャンを志向した本格派だけに、英国のジャズ界とも関係が深いようで、中でも彼との親密度を表に出しているのが、日本でも人気の高いシンガー、スティーシー・ケントである。彼女はアメリカ出身で英国に進出と言う変わり種だが、旦那はサックス奏者で夫婦共演で度々来日もしている。彼女の作品にはイシグロが詞を付けた曲も幾つか収録されており、イシグロへの感謝を彼女がアルバムで語っているものもある。現在世界文学の頂点に位置している2人の作家イシグロと春樹。彼らを結び付けるもの、それがジャズと言うのはジャズファンならずとも嬉しいものである。

【今週の番組ゲスト:ジャズピアニスト野力奏一さん】
4月にリリースされた自身名義として30年ぶりで、初のソロアルバム「Piano Solo」から
M1「Seven Steps To Heaven」
M2「Pastoral」
M3「Kitchen / Full Moon」
M4「My Ship」



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