6月8日の「テイスト・オブ・ジャズ」 [テイスト・オブ・ジャズ]
2019/06/07(金) 19:30 番組スタッフ
「テイスト・オブ・ジャズ」は毎週土曜日18:00-18:30(本放送)ほか、土曜曜22:00~、日曜23:00~で再放送中。番組進行は山本郁アナウンサー。 番組収録のウラ話はこちらのブログでも紹介されています。

【小西啓一の今日もジャズ日和Vol.465~九州の先輩再訪】

 

 久しぶりにラジオ局員時代の先輩などと共に、熊本に住む大先輩のG氏の元を訪ねた。Gさんは日本短波放送(現ラジオNIKKEI)の第1期生(全部で20数名とのことだが、今ご存命なのはほんの数名のよう)で、今はもう80代半ば。ぼくが局に入って最初に制作部に配属された当時の先輩で、入社7~8年目には局を辞めてしまい、以降は地方のラジオ局の現場や専門誌の編集長など様々な仕事をこなした後、目を悪くして60才前にして田舎の熊本に隠居してしまった熊本人なのである。
 大先輩だがなぜか気が合って色々と付き合いが続き、東京在住時代は一緒に飲んだり、熊本に引き込んでからも出張の折には自宅泊めてもらい九州の山を登ったりした入魂な仲。そのG氏の目の具合が大分悪化し、元気も無くなってしまったと言う話は時々聞いていたのだが、そんな折G氏と付き合いのある先輩が車で広島まで行く用事があり、ちょっと足を延ばして熊本まで行ってもいいと言う。そこで局時代の先輩などと共に福岡に飛び現地で車に拾ってもらい、熊本のG氏をお見舞いがてら訪問しようと言う話が纏まった。
 ぼくも彼のお宅を訪れるのは本当に久しぶりで仲々の楽しみなイベントだった。でもただ訪れるだけでは...と言うこととなり、G氏に連れて行ってもらった懐かしの久住山連峰をぼくが案内することとなり、熊本訪問の一行は久住高原の温泉旅館でもう一泊と言うスケジュールになった。その愉しみにしていた九州訪問の当日、運の悪いことに私用で飛行機に乗れなくなってしまい、午後遅い便で福岡に到着、その後夜分に一人で熊本のホテルに着くと言う全く運の悪いトホホな事態が発生。ホテルで同行の先輩方と合流したがきついお小言を頂戴、翌朝彼らとともにG氏のお宅を訪問、2時間ほど久しぶりに話をした。

 来訪者の中では今のラジオNIKKEIと関りのあるのはぼくひとり。まあそこで局の現状などを先輩方に説明したりもしたが、その変わり様にはG氏をはじめとして皆さん驚いておられた。まあそれも無理からぬことでぼく以外は、局を離れて数十年以上の方ばかりだが、一方あの頃の局時代の想い出話には時も忘れる思いもあった。G氏の目の具合はかなり悪化しており、「小西くん、あんたの声は分かるが、顔はもう殆ど見えないんだよ...」等と寂しいことを言われる。口の悪い先輩は「顔が分からない方がいいですよ...」等と混ぜ返す。やはり持つべきは良き先輩・友人と言った思いを強くした。愉しい一時だった。

 
 G氏のお宅を辞してからは、一路九重高原に向かったが、途中の阿蘇の白川渓谷ではあの大地震による阿蘇大橋崩落現場を見たり、熊本随一とも言われる阿蘇神社の跡形も無くなった山門跡を見て、災害の凄まじさに改めて感じ入った。特に阿蘇神社の国宝になっている山門(楼門)跡は、敷石だけが残されており、6~7年後には再建予定だと言うのだが、まだ殆ど手も付けられていない現状、やはり寂しくもありショックでもあった。

 途中の「やまなみハイウエー」は濃霧で、数メートル先も見えない状況で危うく衝突寸前。運転手の先輩は今年80才だけに、元気なのは良いが霧の中でも飛ばすこと飛ばすこと。慎重に慎重にと言ってもそこはハンドルを握ると血が騒ぐのか止まらない...。高齢者運転のスリルをたっぷりと味わされた旅だった。ようやく宿泊先の久住高原ホテルに着いたのは夕方。温泉を堪能し翌日の山行に備えて早寝、翌日は20年振りの久住山山行だったが、ピーカンとはいかないが遠見の効く絶好の山旅日和。阿蘇連山や湧蓋(わいた)山、湯布院温泉の主峰、由布岳などどれも見事なパノラマで、ミヤマキリシマも咲き初めで花を添える。かなりな強風の中だったが、往復6時間近い山行も無事こなし(半年ぶりの山行だったが、どうにかつつがなくガイドも務められた)牧ノ戸峠に帰還。高齢者登山の無事を祝い、高速道路の大分道を福岡空港に向けヒヤヒヤもので走り続け、空港解散で各々が自由にそれぞれの生活の場に帰還した。

 ともあれ3日間実に愉しい旅でした。共にした先輩諸氏、有難うございました。何時までも...。

【今週の番組ゲスト:ジャズドラマーの西川彩織さん】
1stアルバム「Dreamer」から
M1Strategist
M2If I Were A Bell
M3
Moon Boat
M4
Dreamer

 



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