サイト紹介

 ラジオNIKKEIの『中央競馬実況中継』は、1956年(昭和31年)10月27日に中山競馬場からの放送でスタートしました。今年は60周年の節目の年にあたります。
 そこで、60年という長きにわたり『中央競馬実況中継』をお聴きいただいている競馬ファンの皆さんに、感謝の気持ちを込めて特集ページをオープンしました。競馬中継60年の歴史を振り返るコラムと各アナウンサーの「初◯◯実況」コラムを、実況音声とともにお楽しみください。どちらも月1回の更新でお送りいたします。

新着記事

昔のことは覚えてない? 舩山陽司アナウンサーの"初" [私の初◯◯実況レース]

2016.12/13 記事URL

私の初○○実況レース【12】


 現在ラジオNIKKEIの競馬中継を担当している男性アナウンサーは12人。その12人のアナウンサーが、自分が初めてレース実況を担当した当時のことについてアツく語ります。それぞれの「初◯◯実況」について各アナウンサーが振り返り、当時の思い出、エピソード、そして今競馬に対して考えていることなどを書き綴ります。もちろんそのレースの実況もお聴きいただけます。
 また、各アナウンサーに、アンケート形式で同じ質問に答えてもらいます。それぞれの考え方の違い、普段の番組からは窺い知ることのできない内面や「個性」が、少しばかり分かるかもしれません。


 『私の初○○実況レース』、いよいよ今回が最終回です。最後の12人目は、今月25日(日)に行われる有馬記念の実況を担当する舩山陽司アナウンサーです。まず、以下の質問に答えてもらいました。


【競馬を知った、レースを見るようになったのはいつ?】
 平成元年に高校に入学し、世は競馬ブーム。バ◯私学の高校生がそれを見逃す訳も無く、クラスではオグリキャップが話題になっていました。1990年の宝塚記念が最初に"予想"したレースです。オサイチジョージの単勝を"予想"していました。
 本格的に予想し始めたのは1993年。ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンの戦いぶりを今でもおぼろげに覚えています。


【自分が思う競馬の魅力、面白さ】
 あらゆる角度から予想出来る点。血統だったり、サインだったり、時計だったり、どんな予想の仕方をしても「勝てば官軍」なのが潔くて好きです。当たった人が偉いのです。今年の私は偉いのですが、去年の私は最低でした。


【主に買う馬券の種類、狙い方】
 3連複が中心ですが、最近は調子に乗って3連単も買います。断然人気馬が沈むのを狙って馬連、追い掛けているジョッキーの単複やワイド、コースのバイアスに期待した枠連フォーメーションなど、あらゆる種類の馬券を楽しんでいます。


【今までで一番好きな馬は?】
 ブエナビスタです。どんなレースでも全力で追い込んでくる末脚で、ずいぶん稼がせてもらいました。届きそうで届かなかったりした事もあり、実況ではずいぶん苦労させられました。


【今までで一番強いと思う馬は?】
 ディープインパクトとオルフェーヴルでしょう。双璧です。


【国内外を問わず、実況が一番しやすい競馬場と一番難しい競馬場。その理由】
 放送席の位置が重要ですが、海外ではシンガポールのクランジ競馬場が一番喋りやすかったと記憶しています。ゴール近くのゴンドラ席を用意してくれました。
 大変だったのはドバイのナドアルシバ競馬場。日が暮れると馬が見えなくなりますし、馬場内にテントが乱立していて視界を遮ってしまい、本当に喋り辛い競馬場でした。ファンエリアを突っ切って取材に行くのも一苦労でした。


【過去に「失敗した~!」と思った、実況でやってしまったことは?】
 猫も杓子も近所のおばさんも埼玉のチー◯ーも知っている有馬記念。その有馬記念を初めて喋った2007年は、緊張感と地鳴りの様に響く大歓声に頭が真っ白になりました。何を喋ったか全く覚えていません。


【舩山アナは今年も有馬記念の実況を担当します。有馬記念を実況するとき、注意することは? また、他のレースと比べてどんな面白さを感じている?】
 有馬記念はお祭りです。馬券の的中如何でクリスマスの過ごし方もしくは今後の人生が変わる人もいるでしょう。ただそんな他人の人生まで斟酌していたら頭がパンクしてしまいます。私に出来ることはただ喋ることだけ。最高のお祭りに胡椒少々くらいの味付けが出来る様に、気を引き締めて頑張ります。


【競馬の実況アナウンサー志望者にアドバイスするとしたら?】
 極論ですが、競馬を知らなくても実況は出来ます。でもアナウンスの基礎が出来ていなければ実況は出来ません。アナウンサーとして生きていくなら当然知っておくべき発声の基礎を疎かにしてはいけません。基礎が無いと上積みがありません。アナウンス教室で様々な課題をこなすと思いますが、大事なのは基礎。そして度胸です。


【私の初○○レース実況】
 初めて実況したのがいつだったか全く覚えていません。初めて重賞を喋ったのはたぶん2002年のクイーンカップですが、当時の記憶がありません。初めてGIを実況したのは2004年のマイルチャンピオンシップで、外国馬ラクティの馬券をしこたま買っていました。


2004年(平成16年)11月21日 京都競馬場 晴・良
第11競走 第21回マイルチャンピオンシップ(GI) 芝1600m 16頭
1番人気 デュランダル    牡5 57 池添謙一
2番人気 ファインモーション 牝5 55 武豊
3番人気 ラクティ      牡5 57 P.ロビンソン
4番人気 ダンスインザムード 牝3 54 C.ルメール
5番人気 テレグノシス    牡5 57 横山典弘


 なにしろ記憶力が全然無くて、あとから実況音声を聴いて「ああ、このレース喋ったっけ」と思う事が多々あります。


 レース実況はこちらから→聴く


 そう言えば、娘に「お父ちゃんは子供の頃は何をして遊んでいたの?」と訊かれましたが答えられませんでした。「子供の頃はお母さんに何して叱られたの?」と訊かれましたが、何も言えませんでした。残念ながら昔のことは覚えていないのです。


<レース結果>
1着 デュランダル    牡5 57 池添謙一  1分33秒3
2着 ダンスインザムード 牝3 54 C.ルメール 2馬身
3着 テレグノシス    牡5 57 横山典弘  1馬身1/4


 『中央競馬実況中継 60周年記念サイト』の更新は今回が最後となります。ご覧いただき、ありがとうございました。これからもラジオNIKKEIの「中央競馬実況中継」、そして中継を担当する各アナウンサーを、どうぞよろしくお願いいたします。

知っているようで知らない、競馬実況アナウンサーの1週間 [あの日、あの時、競馬場で]

2016.12/06 競馬中継スタッフ 記事URL

競馬中継60年~あの日、あの時、競馬場で【10】


 いよいよ12月。『中央競馬実況中継60周年』イヤーの2016年もあと1ヶ月足らずとなりました。「競馬中継60年~あの日、あの時、競馬場で」の最終回は、ラジオNIKKEIアナウンサーの1週間をご紹介します。


<月曜日>
 会社に1人だけ出社し、他のアナウンサーは休みます。競馬関係者にとって月曜日は『安息の日』と言えるでしょう。出社したアナウンサーは夜8時からの「競馬が好きだ!」で前日の重賞レースを振り返ります。


<火曜日>
 本社から美浦トレセン、そして大阪支社からは栗東トレセンでの取材のため、東西それぞれ1人のアナウンサーが夕方に出発します。「競馬が好きだ!」の火曜日は、今は地方競馬に特化した内容となっています。


<水曜日>
 東西のトレセンで取材を終えたアナウンサーは昼過ぎに戻り、録音してきたインタビューを編集し、コメントを「競馬実況web」にアップします。そして本社では、朝から出社していたアナウンサーとの掛け合いで、「競馬が好きだ!」の中で調教師などのコメントを取材したアナウンサーが紹介します。


<木曜日>
 トレセンに行ったアナウンサーは基本的に休みですが、もちろん別の仕事で出社することは多々あります。その週の出走馬が確定するので、出社しているアナウンサーは土日の準備に入ります。GIレースを迎える週ではそのレースの出走馬(枠順)、事前発表馬体重などを記事としてアップします。木曜日はJRAから発表される記事が一番多いと思います。


<金曜日>
 一番忙しい日です。「地球は競馬でまわってる」で鈴木淑子さんのお相手をする者、「うまきん3」に出演する者、土日の中継の準備をする者と様々です。土曜日にレース実況する者はレースの服色一覧表を見て「塗り絵」をします。同時開催の競馬場へ出張に行く者は夕方過ぎには出発します。夏の北海道への出張では飛行機に乗るため、時間を気にしながら仕事をしています。


<土曜日>
 本番の「中央競馬実況中継」です。中継は朝9時30分に始まります。中継スタッフは一時間前の8時30分には競馬場の放送席に到着し、準備をして全員で打ち合わせを始めます。
 ちなみに土曜日の中継の開始時刻は変遷があり、昭和の時代は11時45分でした。1989年(平成元年)4月から株式市場の土曜休場実施により、土曜日の開始時刻が9時50分になりました。第1レース発走10分前というものでした。その後レースの発走時刻が早まり(今や同時開催の第1レースは9時50分の発走がほとんどです)、2002年(平成14年)1月から土日とも開始時刻が午前9時30分となりました。
 そして中継をしながら、翌日にレースを実況するアナウンサーは「塗り絵」をします。番組の進行やレース後の取材などの仕事をしつつ日曜の準備をするわけです。


<日曜日>
 土曜日と同じように中継が始まり、メインレースへ向けて緊張感が高まっていき、最終レースが終わって16時45分終了です。仕事が終わった日曜の夜は開放感に浸れます(馬券があたらず落ち込む場合もかなりあります)。日曜の夜は、平日働いて土日休みという人達の金曜日の夜、「花金」(死語か?)にあたると言えるでしょう。


 去年と今年ここまでは、天候に恵まれて台風や雪のために開催が中止になったことはありませんが、中止となると同時開催のレースなどを中心に放送するなど番組の内容が大きく変わり、月曜などに行われる「代替競馬」の準備もしなくてはならないので大変です。競馬の開催は予定通り行われるのが一番です。


 平日にはニュースやCMを読んだり、他の番組を収録したりと競馬以外の仕事ももちろんあります。しかし、仕事の中心は土日の中継であることには違いなく、一週間は本当にアッと言う間に過ぎていきます。そして有馬記念が終わって年が明けて、1月5日に東西の金杯ですぐに次の年が始まるという感覚です。


 このテーマの最後は、半世紀前の有馬記念の実況をお聴きいただきます。初の『五冠馬』が誕生した伝説のレースです。このレースの実況はおそらくこれだけです。他のラジオ局にはそうそうないと思われます。今回はフルバージョンでお送りします。


1965年(昭和40年)12月26日 中山競馬場 曇・稍重
第10競走 第10回有馬記念 芝2600m 8頭
1番人気 シンザン     牡4 56 松本善登
2番人気 ハクズイコウ   牡4 56 保田隆芳
3番人気 ミハルカス    牡5 55 加賀武見
4番人気 ヒカルポーラ   牡6 55 高橋成忠
5番人気 ヤマトキョウダイ 牡5 55 野平祐二


レース実況はこちらから→聴く


<レース結果>
1着 シンザン   牡4 56 松本善登 2分47秒2
2着 ミハルカス  牡5 55 加賀武見 1馬身3/4
3着 ブルタカチホ 牡4 56 大崎昭一 1/2


 『中央競馬実況中継60周年記念サイト』は、今年いっぱいで終了します。ラジオNIKKEIの「中央競馬実況中継」は61年目に入り、これから70周年、80周年に向けて進んでいきます。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
 この記念サイトの制作にあたり、ラジオNIKKEIの大先輩アナウンサーである長岡一也さんから過去の中継に関する資料をいただきました。長岡さんのご協力に感謝申し上げます。



(1970年代の放送席の写真。レースを見つめるアナウンサーと解説者)


~『中央競馬実況中継』の歴史・その4~
1980年(昭和55年)11月22日 「ラジオたんぱ賞3歳ステークス」創設
1984年(昭和59年)12月9日 グレード制導入のこの年、重賞競走として「ラジオたんぱ杯3歳牝馬ステークス」が行われる
1986年(昭和61年)3月29日 アメリカ・サンタアニタ競馬場の「サンルイレイステークス」を実況中継(シンボリルドルフ・3着)
1986年(昭和61年)10月27日 競馬放送30周年。特別番組を放送
1989年(平成元年)4月 株式市場の土曜休場実施により、土曜日の「中央競馬実況中継」の開始時刻が9時50分になる
1990年(平成2年)12月1日 初の本格的競馬ビデオ「グランプリ有馬記念」をCBSソニーより発売


1991年(平成3年)4月 競馬情報番組「ほんまゆみの競馬場に行くぜ!」スタート
1991年(平成3年)12月 ラジオたんぱ杯3歳牝馬ステークスが「ラジオたんぱ杯3歳ステークス」に名称変更
1992年(平成4年)10月24日 月刊競馬誌「馬劇場」創刊
1993年(平成5年)4月 地方競馬情報番組「全国競馬最前線」スタート
1993年(平成5年)11月3日 馬劇場海外ツアー第1弾「ブリーダーズC観戦ツアー」を4泊6日で実施
1994年(平成6年)4月8日 馬劇場初の別冊「競馬必勝データブック」発売
1994年(平成6年)12月3日 開局40周年記念特別番組「ターフ対談シリーズ・中央競馬 人・昔」を4回シリーズで放送
1995年(平成7年)4月 競馬情報番組「週刊競馬道場」スタート
1995年(平成7年)5月 「レースアナウンサー養成講座」開講
1995年(平成7年)9月10日 フランス・ロンシャン競馬場「ヴェルメイユ賞」実況中継(ダンスパートナー・6着)


1996年(平成8年)3月27日 アラブ首長国連邦・ナドアルシバ競馬場「ドバイワールドカップ」実況中継(ライブリマウント・6着)
1996年(平成8年)8月 CSデジタル音声放送「デジタルたんぱ501・502」開局
1997年(平成9年) 全国10都市横断・親と子のトークライブショー「常田富士男 民話の世界」開催。JOA(日本馬主協会連合会)との共催イベント
1998年(平成10年) 競馬情報番組「ウィークエンドパドック」スタート
1998年(平成10年) 3月27日 フランス・ドーヴィル競馬場「ジャック・ル・マロワ賞」実況中継(タイキシャトル・1着)
1999年(平成11年)10月3日 フランス・ロンシャン競馬場「凱旋門賞」実況中継(エルコンドルパサー・2着)


2001年(平成13年)12月17日 iモードサイト「ラジオたんぱ馬劇場」オープン
2002年(平成14年) 1月 「中央競馬実況中継」の放送開始時刻が午前9時30分となる
2003年(平成15年)10月1日 「株式会社日経ラジオ社」に社名変更
2004年(平成16年)4月1日 新愛称「ラジオNIKKEI」使用開始
2004年(平成16年)8月 開局50周年を迎える


2006年(平成18年)1月 モバイルサイト「ラジオNIKKEIモバイル」オープン
2006年(平成18年) ラジオたんぱ賞を「ラジオNIKKEI賞」に、ラジオたんぱ杯2歳ステークスを「ラジオNIKKEI杯2歳ステークス」に改称
2006年(平成18年)10月1日 フランス「凱旋門賞」実況中継(ディープインパクト・3位入線後失格)
2010年(平成22年)12月 ラジオNIKKEI第1をIPサイマルラジオ「radiko.jp」で配信開始


2012年(平成24年)7月 ラジオNIKKEI第2もIPサイマルラジオ「radiko.jp」で配信開始
2013年(平成25年)1月 新番組「鈴木淑子の地球は競馬でまわってる」スタート
2013年(平成25年)12月24日 本社を東京虎ノ門へ移転
2014年(平成26年)8月27日 開局60周年を迎える
2016年(平成28年)10月27日 「中央競馬実況中継」60周年を迎える

ワクワク、そしてヒヤヒヤ。木和田篤アナウンサーの"初" [私の初◯◯実況レース]

2016.11/29 小塚 歩 記事URL

私の初○○実況レース【11】


 現在ラジオNIKKEIの競馬中継を担当している男性アナウンサーは12人。その12人のアナウンサーが、自分が初めてレース実況を担当した当時のことについてアツく語ります。それぞれの「初◯◯実況」について各アナウンサーが振り返り、当時の思い出、エピソード、そして今競馬に対して考えていることなどを書き綴ります。もちろんそのレースの実況もお聴きいただけます。
 また、各アナウンサーに、アンケート形式で同じ質問に答えてもらいます。それぞれの考え方の違い、普段の番組からは窺い知ることのできない内面や「個性」が、少しばかり分かるかもしれません。


 11人目は、木和田篤アナウンサーです。まず、以下の質問に答えてもらいました。


【競馬を知った、レースを見るようになったのはいつ?】
 競馬を見るようになったきっかけは、学生時代にアナウンサー試験を受験する際、当時通っていたアナウンス学校の講師から「スポーツアナウンサーを目指すなら、野球の実況、野球の知識は必須。それ以外にもう一種目、得意分野があるといいね」と言われ、何となく競馬を見るようになったのが最初。ミスターシービーやシンボリルドルフといったスターホースが、2年連続で三冠馬として活躍していた頃で、競馬に興味を持ちやすい時期だった。


【自分が思う競馬の魅力、面白さ】
 「勝負事に絶対は無い」ということを自身の財布で、身をもって体感出来ること。競馬以外のスポーツでは、なかなか味わえないことだと思う。
 そして、主役であるサラブレッドが2歳でデビューし、現役で活躍出来るのが6年ほど。次々とスターホースが誕生しては、現役を退いていく中身の濃いサイクルが、長過ぎず、短か過ぎずファンにとっては丁度良い具合なのでは。惜しまれつつ引退した馬が、その数年後には種牡馬としてデビューする。この時間の流れが、競馬の大きな魅力のような気がする。


【主に買う馬券の種類、狙い方】
 3連単が発売になってからは、殆ど3連単馬券ばかりを購入しています。全く当たらないのは、以前と変わりませんが...。


【今までで一番好きな馬は?】
 タマモクロス。オグリキャップとの芦毛対決が5歳時の3戦だけ。出来ればもう一年、2頭の対決を見てみたかった。


【今までで一番強いと思う馬は?】
 デイープインパクト


【実況が一番しやすいと思う競馬場と一番難しいと思う競馬場、その理由】
 実況しやすいのは東京競馬場。スタートしてから、比較的レースの流れも落ち着きやすく、3コーナーから4コーナーにかけての各馬の仕掛けも他の競馬場に比べて、わかりやすいと思う。何より、東京競馬場の開放感とファンの歓声、雰囲気が気に入っていて、喋っていて一番心地良い競馬場です。
 難しいと思うのは新潟競馬場。コースと実況席が近いので、外周りコースの最後の直線では馬を正面から見ているような感覚。各馬の脚いろや、位置関係が掴みづらくて苦労する。


【過去に「失敗した~!」と思った、実況でやってしまったことは?】
 勝ち馬の間違い、道中の馬名間違いなど上げたらキリが無い。あまりに多過ぎて、書き切れないと思います。


【これまでの中継で印象に残っているハプニング・苦労話】
 中山で雪が降ったり、函館で霧が出て視界不良になった時は困った。発走時間が迫り、双眼鏡を使ってスタート地点を確認しても、馬が全く見えない。四苦八苦しながら喋っていたのを覚えています。


【ラジオNIKKEIの中継・レース実況は他とはここが違う、と思う点】
 実況放送に関しては、ラジオ中継とJRAオフィシャル放送を兼ねている点が、他局との大きな違い。実況は正確性が求められ、勝ち馬のみならず2着、3着馬の争いもフォローが必要になってくる。おまけに、レース後も実況映像は繰り返し利用されることが多く、責任の重さを感じる。


【競馬の実況アナウンサー志望者にアドバイスするとしたら?】
 競馬の実況アナウンサーの前に、放送局のアナウンサーとして「正しい日本語」や発声、発音を身につけて下さい。


【私の初○○レース実況】
初めての重賞レースの実況は、1994年の第32回アルゼンチン共和国杯でした。


1994年(平成6年)11月19日 東京競馬場 晴・良
第11競走 第32回アルゼンチン共和国杯 芝2500m 14頭
1番人気 アイルトンシンボリ 牡5 58.5 岡部幸雄
2番人気 マチカネアレグロ  牡3 55  河内洋
3番人気 ムッシュシェクル  牡6 60  藤田伸二
4番人気 シャコーグレイド  牡6 55  江田照男
5番人気 ステージチャンプ  牡4 57.5 蛯名正義


 入社以来、東京競馬場の実況席で「場内放送」をするのが目標だったので、初めての重賞レース実況が東京だったのは、不安よりもわくわくした期待感の方が大きかったと記憶しています。ただ、14頭立てのハンデ戦で、最後の直線勝負は恐らく混戦になるだろうなあという予感はありました。案の定、最後は見応えのある4頭の接戦になり、ヒヤヒヤしながら喋っていたことを覚えています。


 レース実況はこちらから→聴く


 午後のレース、特に重賞レースになるとファンの歓声も一段と大きく、改めて場内実況アナウンサーの責任の大きさを感じました。


<レース結果>
1着 マチカネアレグロ  牡3 55  河内洋 2分31秒3(レコード)
2着 アイルトンシンボリ 牡5 58.5 岡部幸雄 クビ
3着 ステージチャンプ  牡4 57.5 蛯名正義 アタマ

初実況の前夜に...? 小塚歩アナウンサーの"初" [私の初◯◯実況レース]

2016.11/15 競馬中継スタッフ 記事URL

私の初○○実況レース【10】


 現在ラジオNIKKEIの競馬中継を担当している男性アナウンサーは12人。その12人のアナウンサーが、自分が初めてレース実況を担当した当時のことについてアツく語ります。それぞれの「初◯◯実況」について各アナウンサーが振り返り、当時の思い出、エピソード、そして今競馬に対して考えていることなどを書き綴ります。もちろんそのレースの実況もお聴きいただけます。
 また、各アナウンサーに、アンケート形式で同じ質問に答えてもらいます。それぞれの考え方の違い、普段の番組からは窺い知ることのできない内面や「個性」が、少しばかり分かるかもしれません。


 10人目は、今月20日(日)に行われるマイルチャンピオンシップの実況を担当する小塚歩アナウンサーです。


【競馬を知った、レースを見るようになったのはいつ?】
 1994年、中学3年生の秋、ナリタブライアンの三冠が懸かった菊花賞。当時もやはり社会現象となり、一般ニュースで知って「どれだけ強い馬なのかみてみよう」とテレビ中継を観たのが最初。その後競馬にハマり、毎週競馬中継に触れたくなって(でも地元でフジテレビの競馬中継は流れず)ラジオたんぱを聴き始めたのが20年前。いまは聴く側から喋る側に。


【自分が思う競馬の魅力、面白さ】
 サラブレッドという、人間と違う生き物が相手。これに尽きます。人間の思い通りにならないからこそ頭を悩ませるし、驚きや喜び、悔しさ悲しさ、多くの感情を呼び起こしてくれるのでしょう。


【主に買う馬券の種類、狙い方】
 単勝、複勝、3連複1頭軸


【100万を超える大万馬券が的中したら、何をする?】
 飲んで食べて、パーーーっと気持ちよく使います。


【今までで一番好きな馬は?】
 ステイゴールド。条件馬時代から大好き。まさかここまでの競走実績を残すとは思いませんでした。種牡馬入りしてからの実績には更に驚かされました。
 ロンドンブリッジ。綺麗な栗毛の快速牝馬。初めて好きになった馬。牝系は今も応援してます。


【今までで一番強いと思う馬は?】
 ディープインパクト。


【実況が一番しやすいと思う競馬場と一番難しいと思う競馬場、その理由】
 どの競馬場も好きですが、苦手なのは新潟。逃げ馬が残るのに差し馬が届くのでゴール前が大混戦になりやすくて困ります。2014年のスプリンターズSはちょっぴりトラウマです。


【過去に「失敗した~!」と思った、実況でやってしまったことは?】
 笑えない失敗はたくさんしていて書けません。
 笑える失敗...京都ハイジャンプで、向正面のバンケットを「高さ80メートル」と実況してしまったことがあります。どれだけ高い障害なんだ!実際は「80"センチメートル"」。


【レース実況について思うこと、心がけていること】
 分かりやすく、聴きやすく、音声だけでも映像が想像できるように。
 その上で、ファンの皆さんと一緒に興奮できるように。


【海外のレースを含めて、一度は実況してみたいレースは?】
 中山大障害。


【競馬の実況アナウンサー志望者に向けて一言】
 競馬だけじゃなく、他ジャンルのスポーツやスポーツ以外のあらゆることに興味を持って、知識をどんどん吸収してください。


【私の初○○レース実況】
 場内実況のデビュー戦。2006年7月1日の福島1レース、ダート1700m戦です。
 1ヶ月ほど前、安田記念のあたりで佐藤アナから「実況してもらうのでよろしく」とデビュー戦を告げられ、そこからは緊張の日々。小回り福島で、1周回ってくるダート1700mで、今思えばさほど難しくないコース設定なのですが、なにせ初めてのことなので(もちろん練習はしていましたが)どうなってしまうのか想像もつかずとにかくビビってました。
 前日は早めにホテルに入って、準備万端で床に就きました。ところが眠れない。出走馬13頭が私のアタマの中でぐるぐる回って、寝かせてくれません。そんなこんなで初実況当日を迎えます。


 福島はとてもコンパクトな競馬場です。ですので、我々の場内実況や本馬場入場の音が放送席にも響いてきます。本馬場入場で第一声を発すると、それがほぼダイレクトに自分の耳に飛び込んできます。これで緊張感MAX。平静を取り戻そうと必死でした。


2006年(平成18年)7月1日 福島競馬場 曇・不良
第1競走 3歳未勝利 ダート1700m 13頭
1番人気 サムシンググッド  牡3 56 柴田善臣
2番人気 トウショウノーティ 牡3 56 中舘英二
3番人気 ベローチェ     牡3 56 勝浦正樹
4番人気 ダイワダイハード  牡3 56 北村宏司
5番人気 シルククローチェ  牡3 54 吉田隼人


 しかし私はラッキーでした。前日の雨でダートは不良馬場、スピードが生きる馬場になっていたのです。こうなれば小回り福島は前に行く馬が断然有利。しかも当時の福島は逃げの名手・中舘英二騎手(現調教師)の庭のようなもの。結局、中舘騎手が乗ったトウショウノーティがすーいすいと逃げ、結局そのまま危なげなく逃げ切り。私の初実況も、危なげなく乗り切ることができました。


 レース実況はこちらから→聴く


 今年(2016年)はあの初実況から丸10年。当時よりはいくらかマシな実況ができている...と思いたいです。


<レース結果>
1着 トウショウノーティ 牡3 56 中舘英二 1分44秒8
2着 シルククローチェ  牡3 54 吉田隼人 1馬身1/2
3着 ケイジーウィザード 牡3 56 東川公則 4馬身

あの人がただ一度だけ行った、勝利騎手インタビュー [あの日、あの時、競馬場で]

2016.11/03 競馬中継スタッフ 記事URL

競馬中継60年~あの日、あの時、競馬場で【9】


 天皇賞(秋)も終わって、いよいよ11月。来週のエリザベス女王杯から最後の有馬記念までGIレースが毎週行われます。
 レースが終わり、表彰式の後にはウイナーズサークルでそのレースを制した騎手がお立ち台の上に立ち、「勝利騎手インタビュー」が行われます。GIタイトルを手にした騎手の晴れやかな表情を伝えるインタビューはレース後のお馴染みの光景となりました。


 今では勝利騎手へのインタビューは当たり前のように行われていますが、初めて行われた勝利騎手インタビューは53年前、1963年(昭和38年)9月24日の東京競馬場でした。この日のメインレースのクイーンステークスの時に行われたのでした。


 その初めてのインタビューの担当者として騎手にマイクを向けたのは、現在競馬キャスターとして活躍されている長岡一也さんでした。表彰式の後にレースを制したミストヨペットに騎乗した伊藤竹男騎手に声をかけたものの、レース後の騎手へのインタビューはそれまで前例のなかったこともあり、二言三言やりとりしただけでとてもインタビューとまではいかなかったそうです。


 勝利騎手インタビューは、競馬中継を始めたスタッフの「競馬に関わる人たちの声をよりリアルに伝えられたら...」という考えから生まれたものですが、この勝利騎手インタビューをアナウンサーではなく解説者の人が担当したことが一度だけあります。1970年(昭和45年)のことです。
 この年の春のクラシックは東のアローエクスプレスと西のタニノムーティエが人気を二分していました。初対決となったスプリングステークス、続く皐月賞もタニノムーティエに負けたアローエクスプレスは、5月10日に行われたダービーのトライアルレース、NHK杯でタニノムーティエと三度目の対決を迎えました。


 当時中継の解説をしていた大川慶次郎さん(故人)は、このレースではアローエクスプレスが勝つという確信があり、レース前から「アローエクスプレスが勝ったら、どうしてもインタビューをしたい」とスタッフに言い続けていたのだそうです。そしてアローエクスプレスが勝ち、勝利騎手の加賀武見騎手のインタビューを大川さんが行ったのでした。解説者による勝利騎手インタビューは今もってこの時だけです。


 ここで懐かしの勝利騎手インタビューをお聴きください。今から43年前の1973年(昭和48年)5月27日、当時『怪物』と呼ばれた馬を負かし、ダービージョッキーとなった騎手へのインタビューです。


インタビューはこちらから→聴く


1973年(昭和48年)5月27日 東京競馬場 晴・良
第40回東京優駿(日本ダービー) 芝2400m 27頭
1着 タケホープ   牡3 57 嶋田功 2分27秒8
2着 イチフジイサミ 牡3 57 津田昭 1馬身3/4
3着 ハイセイコー  牡3 57 増沢末夫 3馬身1/2


 ちなみにラジオNIKKEIはGIレース以外の重賞レースでも勝利騎手インタビューを行っています。福島(ラジオNIKKEI賞、福島記念など)、新潟(関屋記念、新潟記念など)、そして小倉(小倉記念、小倉2歳ステークスなど)の重賞レースで勝利ジョッキーにインタビューし、さらに初勝利をあげた騎手(デビューした新人騎手、JRAでの初勝利となった外国人騎手と地方競馬の騎手)と100勝ごとに区切りの勝利をあげた騎手(通算300勝や年間100勝などを達成した騎手)へのインタビューも行っています。


 さぁ、これから秋競馬はクライマックスの有馬記念まで、注目のレースが続きます。来週のエリザベス女王杯の後、ウイナーズサークルのお立ち台でラジオNIKKEIのアナウンサーにマイクを向けられる騎手は果たして誰でしょうか。

初実況の日の朝に...。米田元気アナウンサーの"初" [私の初◯◯実況レース]

2016.10/18 競馬中継スタッフ 記事URL

私の初○○実況レース【9】


 現在ラジオNIKKEIの競馬中継を担当している男性アナウンサーは12人。その12人のアナウンサーが、自分が初めてレース実況を担当した当時のことについてアツく語ります。それぞれの「初◯◯実況」について各アナウンサーが振り返り、当時の思い出、エピソード、そして今競馬に対して考えていることなどを書き綴ります。もちろんそのレースの実況もお聴きいただけます。
 また、各アナウンサーに、アンケート形式で同じ質問に答えてもらいます。それぞれの考え方の違い、普段の番組からは窺い知ることのできない内面や「個性」が、少しばかり分かるかもしれません。


 9人目は米田元気アナウンサーです。米田アナは、某テレビ局で競馬中継を担当していた経歴の持ち主です。しかし、ここでは当然ラジオNIKKEIでレース実況を初めて担当した時のことについて振り返ってもらいました。今年4月に大阪支社に転勤して、今は関西の競馬を肌で感じている米田アナ。「関西の競馬」についての質問もあります。


 まず、米田アナに以下の質問に答えてもらいました。


【競馬を知った、レースを見るようになったのはいつ?】
 小学校5年生の頃です。朝刊に載っていたレース結果を偶然見て、いろいろな馬名に興味を持ちました。


【自分が思う競馬の魅力、面白さ】
 競馬は人生の様々な場面に例えられるところが面白いと思います。例えば、緊張して力むと「引っ掛かる」、堂々としていると「折り合っている」、大成功をおさめれば「○馬身差の圧勝」、逆に失敗すれば「馬群に沈む」など。競馬は人生の縮図とまでは決して言いませんが、いろいろな例え方があるのは面白いですね。
 

【主に買う馬券の種類、狙い方】
 買いません。以前は馬連、馬単、三連複。


【今までで一番好きな馬は?】
 ビワハヤヒデ


【今までで一番強いと思う馬は?】
 ライスシャワー


【実況が一番しやすいと思う競馬場と一番難しいと思う競馬場、その理由】
 どの競馬場も難しいのではないでしょうか。「しやすい」と思った時点で失敗の始まりです。


【過去に「失敗した~!」と思った、実況でやってしまったことは?】
 失敗を語れるほど仕事をしていません。


【米田アナはテレビ局でも競馬中継を担当していた経歴があります。テレビの競馬中継とラジオの中継、最も違うところは?】
 テレビはスタート直前まで解説者とやりとりをする。ラジオはファンファーレから一人喋りが始まる。ここが大きな違いだと思います。


【関西で仕事をしてみて、関西の競馬(競馬場、トレセン、関係者など)は関東とはここが違う、と思う点は?】
 関西の有力調教師は口が堅い印象があります。インタビュー慣れしているからでしょうか。


【競馬の実況アナウンサー志望者にアドバイスするとしたら?】
 アドバイスをするほど仕事をしていません。何年か後にお聞き下さい。


【私の初○○レース実況】
 私がラジオNIKKEIに入社して初めて実況を担当したのは、2013年9月8日中山1R、2歳未勝利でした。


2013年(平成25年)9月8日 中山競馬場 曇・良
第1競走 2歳未勝利 芝1200m 12頭
1番人気 マンハッタンヘンジ 牡2 54 石橋脩
2番人気 クラウンデュナミス 牝2 54 松岡正海
3番人気 クラシックマーク  牝2 54 吉田豊
4番人気 コスモラヴコール  牡2 54 柴田大知
5番人気 ドラゴンヘッド   牡2 54 柴田善臣


 日本時間のこの日の早朝に、2020年に開催される五輪の東京招致が決まりました。東京に決まるのかどうかは以前から世間の注目を集めていましたので、結果がどうであれ、生中継を見ようと思っていました。しかし、時間が早かったため起きられず見逃す始末...。起きてテレビをつけるとすでに大騒ぎになっていました。見逃したからといって何かを失うわけではないのですが、どことなく残念な気分でした。そんな気持ちを引き摺りながら競馬場へ向かったのを覚えています。


 レース実況はこちらから→聴く


<レース結果>
1着 メイショウカイモン 牡2 54 田中勝春 1分9秒5
2着 クラシックマーク  牝2 54 吉田豊 1馬身1/2
3着 クラウンデュナミス 牝2 54 松岡正海 1馬身3/4

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